ベトナムでシーズン中にクラブ本拠地が移転。前代未聞の事態の背景には豪腕オーナーの存在が

ベトナムリーグで前代未聞の事件が起きた。ハノイにあるクラブが、なんとシーズン中にホーチミンへと本拠地を移転したのだ。世界での例を見ない事態はなぜ起きたのか? 現地記者が背景に迫る。(取材・文:宇佐美淳【ベトナム】)

2016年04月23日(Sat)9時00分配信

text by 宇佐美淳 photo Jun Usami
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東京のクラブが大阪に移転するような大事態

サイゴンFC 写真:宇佐美淳
クラブ名もロゴも一新したサイゴンFC【写真:宇佐美淳】

 ベトナム1部VリーグのハノイFCがホーチミン市に電撃移転した。クラブ名も「サイゴンFC」に改称してロゴも一新。シーズン序盤の突然の移転は、応援してきたファンやサポーターのみならず、現場の選手たちにも大きな衝撃を与えた。

 日本同様に縦長の国土を持つベトナム。よりにもよって近隣省ではなく、北部にある首都ハノイから南部にある商都ホーチミンへの長距離引っ越しである。距離にして1600kmあまり。いやこの際、距離の話はいい。このベトナムの2大都市は、歴史的、文化的、気候的にも全く異なる。

 ある日本人は、「この移転は日本で言えば、東京のチームが大阪に移転するようなものだよね」と言った。文化的にはそういった側面があるしれない。人々の性格は、一般的に北部のほうが厳格かつ現実的で、南部のほうが楽観的でおおらかと言われており、住んでいても実際にそう感じることが多い。

 歴史的には、首都ハノイは地理的に中国に近く、その影響を色濃く残している。一方のホーチミン(旧サイゴン)は、1975年に北ベトナム軍の侵攻を受けて南ベトナムの首都サイゴンが陥落するまでアメリカの支配下にあったため、より資本主義的である。

 サイゴン陥落以降、社会主義の北ベトナムの圧力的支配を恐れた南ベトナムからは、多くの人々がボートピープルとなって、アメリカや日本などの外国に逃れていった。戦後40年以上となり、戦争を知らない若い世代が増えてきたことで、だいぶ変わってきてはいるが、今でも南北の人間は折り合いが良いとはいえず、互いを差別的に呼び合う言葉が残っている。

 気候的にも異なっており、一年中気温が30度以上ある温暖なホーチミンに対し、ハノイには日本と同じく四季があり、冬場はかなり冷え込む。そのため、ベトナム代表が外国で公式戦に出場するときは、試合が行われる現地の気候に合わせて直前のキャンプ地を決めることが多い。

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