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4-4-2システムの起源。リベロ採用と2トップ。4-2-4とワーキング・ウインガーの導入【西部の4-4-2戦術アナライズ】

アトレティコが躍進して以降、復活の感があるフラットな4-4-2システム。だが昨今各国リーグで成果を上げている4-4-2は、以前のそれとは様相が異なっている。今回は、4-4-2システム誕生の起源を紐解く。(文:西部謙司)

シリーズ:西部の4-4-2戦術アナライズ text by 西部謙司 photo by Getty Images

ワーキング・ウインガーを導入したグランデ・インテル

グランデ・インテルのフォーメーション。右ウイングのジャイール、左ウイングのコルソ、ともに可動範囲が広かった。
【図1】グランデ・インテルのフォーメーション。右ウイングのジャイール、左ウイングのコルソ、ともに可動範囲が広かった。

 オフサイド・ルールが現行の「2人オフサイド」に変更された時点では2人のウイング、1人のCF、2人のインサイドフォワードによる5トップが主流だった。ルール改正に伴ってイングランドのアーセナルが、CH(センターハーフ)のポジションを下げたWMシステムを開発。やがて2バックから3バックが主流になっていった。

 システムの変遷は、基本的に守備者の増員という形で推移している。2バックから3バック、そして4バックとDFの数が増えていく。当然、MFやFWの数がそのぶん減っているわけだが、FWが2人になる契機が「リベロ」の導入だった。

 1960年代に一気に普及していくリベロとは、マンツーマンで相手FWをマークするDFの背後でカバーリングを行うDFである。特定のマークを持たないフリーバックだ。当時のFWは3人ないし4人なので、DFの数は4または5となる。そうなると前線と中盤の構成を変えなければならない。

 63-64、64-65シーズンとチャンピオンズカップ(現在のCL)で連覇を達成したインテルもリベロ・システムだった。アルマンド・ピッキをリベロに据え、4人のマーク役、中盤の司令塔(ルイス・スアレス)、2人のウイング、CF、トップ下という基本構成である。2トップの起源は、おそらくこのインテルになると思う。

 形としては現在の4-2-3-1に近い。最前線にアンドレア・ミラニ、右ウイングにジャイール、左にマリオ・コルソ、そしてミラニの後方にサンドロ・マッツォーラ。どこまでをFWにカウントするかによるが、ミラニとマッツォーラによる縦の2トップとみることもできる。というのも、左右のウイングの稼働範囲が非常に広かったからだ。

 右のジャイールはタッチライン沿いに大きく上下動するタイプで、いわゆる「ワーキング・ウインガー」。58年ワールドカップでブラジルのマリオ・ザガロが始めたといわれる、中盤と前線を兼任するサイドアタッカーである。後に現れる本格的な4-4-2において、キーになる役割がこのワーキング・ウインガーだった。

 左ウイングのコルソはさらに攻守に幅広く動き、どのポジションなのかわからないぐらい神出鬼没。両ウイングの動きが大きいので、むしろ前線に残っていたのがCFとインサイドフォワード(マッツォーラ)というケースがあったのだ。はっきりした2トップではないが、ワーキング・ウインガーの導入という点で4-4-2に近いチームかもしれない。

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