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Jリーグ 5年前

青森山田GK飯田雅浩、異彩を放った“儀式”の意味とは? 全国優勝を引き寄せたチームの絆

text by 藤江直人 photo by Getty Images

東京ヴェルディジュニアユースから青森へ

 尚志の3人目、DF石川竣祐(3年)のPKはゴールバーの右上をかすめて外れた。もしかすると必要以上に飯田の存在感を意識して、コースを狙い過ぎたのかもしれない。そして、4人目のDFフォファナ・マリック(3年)の一撃では迷うことなく右へ飛んで、両手で弾き返した。

「マリック選手が自分から見て右へ蹴るデータがあったんですけど、それを頭に入れながら最後まで我慢して、先に飛ばないということは意識していました」

 集中力、相手との駆け引き、そして錯覚。儀式に込められた狙いがハイレベルで融合したPK戦を、飯田は「たとえウチの5人目が外しても、次も自分が止めるつもりでした」と自信を込めて振り返った。

 東京・杉並区で生まれ育った飯田は、東京ヴェルディのジュニアに入団した小学校5年生のときにゴールキーパーへ転向した。ジュニアユースでレギュラーを獲得し、ユースへ昇格する話ももちあがっていた中学3年の夏休みに、自らの強い意志でヴェルディを退団した。

「いまのままではサッカー選手としても、人間としても成長できないと思って。当時の環境に甘えていてはダメだと判断したんです」

 選んだのは、黒田監督が課す厳しい練習で知られる青森山田。新たな環境に慣れるには早ければ早いほどいいと、中学3年の10月には青森山田中学へ転校した。新天地を訪れたときには、もう小雪がちらついていた。日本有数の豪雪地帯で臨む挑戦。飯田は覚悟を新たにした。

「本当に想像を絶する過酷さというか、冬場のトレーニングでは全身が筋肉痛になって、歩くのもトイレに行くのもやっと、という状況になるんですけど……それなりの覚悟をもって青森へやって来た仲間たちだったので、何とか一緒に乗り越えることができました。彼らがいなかったらできなかった、と思っています」

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