極上の熱狂。ブラジル対アルゼンチンで見た「ロジックではない」南米サッカーの真髄【コパ・アメリカ】

コパ・アメリカ2019(南米選手権)は残すところ3位決定戦と決勝のみとなった。準決勝では開催国ブラジルと、最大のライバル・アルゼンチンが激突。南米の“クラシコ”はこれまでの試合とはスタジアムの雰囲気が全く違った。極上の一戦を演出した熱狂はいかに生み出されたのだろうか。(取材・文:舩木渉【コパ・アメリカ】)

2019年07月05日(Fri)11時57分配信

text by 舩木渉 photo Getty Images
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全てが規格外だったブラジル対アルゼンチン

ブラジル
ブラジル対アルゼンチンは南米最大のライバル対決【写真:Getty Images】

 1874万4445レアル。日本円にして約5億3000万円。これはコパ・アメリカ2019(南米選手権)の準決勝、ブラジル対アルゼンチンを観戦するために5万2235人が支払ったチケット代の売上総額だ。

 コパ・アメリカでは試合終盤になると観客動員数だけでなく、チケット代の売上も併せて大型スクリーンに映し出される。このブラジル対アルゼンチンは5万5947人を動員し、チケットはもちろん試合の数日前に完売。

 地元紙『スーペル・エスポルチス』によれば売上総額は会場となったミネイロン・スタジアムの記録だった2013年のコパ・リベルタドーレス決勝、地元のアトレチコ・ミネイロ対オリンピアの1417万6146レアル(約4億円)を大きく上回り、過去最高を塗り替えた。

 1人あたりではチケット代に平均359レアル(約1万円)を費やしていることになる。法定最低賃金が月額998レアル(約2万9000円)のブラジルにおいて、このチケット代は高額だ。それでも全国からファンが集結するとなると、“クラシコ”の価値の高さがよく分かる。

 ベロオリゾンチの街は試合の2日前くらいから徐々に熱を帯び始めた。タクシーのカーラジオからはずっとコパ・アメリカの話題が流れている。ポルトガル語で何を言っているかまでは理解できずとも、目前に迫った大一番の話をしていることはわかる。

 宿泊していたホテルにもブラジル代表やアルゼンチン代表のウェアに身を包んだファンが続々とチェックインしてきていた。愛する地元クラブのユニフォームを着た者もいる。

 国と国のプライドのぶつかり合いであることは、メディアの動きからも感じることができた。ミネイロン・スタジアムのメディアセンターには、どこから湧いて出たのかわからないほどの数のメディアが集まっていた。

 アルゼンチン代表の前日練習に軽く100人を超える記者やレポーター、フォトグラファー、テレビクルーが集まっていたことにも驚いたが、公式記者会見で立ち見が出ていることにはもっと驚いた。これまでの試合なら隣の席に荷物を置いていても問題なかったほどだったのだ。

 メディアセンターではそこら中で各国のテレビ局がレポートしていて、うかつに歩くと邪魔をしてしまう。100年以上にわたって続くライバル関係は、想像していた以上の熱気に満ちていた。試合当日はキックオフの5時間以上前から両国のファンがスタジアム周辺に現れ、すでにビールをあおってコンディションを万全に整え、チャントを誇らしげに歌う。最高の雰囲気が出来上がっていた。

「サッカーはロジックじゃない」

ブラジル アルゼンチン
スタンドではブラジルとアルゼンチン両国のサポーターがごく近い距離で観戦していた【写真:Getty Images】

 そんな中で、ツイッター上に気になる投稿を見つけた。サッカー解説者の戸田和幸氏によるものである

「サッカーファンの皆さん、忘れてはいませんか?この後明朝9時30分からコパアメリカ準決勝、ブラジルvsアルゼンチン戦を実況下田恒幸・解説戸田和幸のコンビでお送りします。南米大陸最大のライバル国同士による魂と魂のぶつかり合い。サッカーファンなら見なきゃ損ですよ」

 確かにブラジルにいても、日本でコパ・アメリカに対する熱が冷めてしまっているのは感じていた。開催国ブラジルと宿敵アルゼンチンの本気の激突を見逃すわけにはいかないと言うのは簡単だが、日本代表がすでに敗退してしまっているため、ある意味仕方ない側面もある。せっかく現地にいるのだから……とは思うものの、あの極上の熱狂に満ちた空間を文字で表現するのはいささか難しい。

 地元メディアは「ブラジルとアルゼンチンの試合には伝統があり、100年以上にわたって南米のトップを争ってきた歴史、強国としてのプライドもある。何よりも特別な試合で、絶対に負けるわけにはいかない」と熱く語ってきたが、やはり地球の反対側からやってきた我々が同じ感覚を当事者として味わうことは困難なのだ。

 どうすれば少しでもミネイロンに巻き起こった興奮の渦を、日本の読者に届けられるだろうか。もちろんブラジルにもサッカーを見ない人は多くいるだろうし、実はごく一部の盛り上がりなのかもしれないが、それでも過去に経験したことのない敵意とも殺気とも違う攻撃的な感覚がスタジアムに満ち、ピッチの中でも外でも誇り高き勝者同士のぶつかり合いが展開されていたのは間違いない。

 試合前日の記者会見でブラジル代表の守護神アリソンは「サッカーはロジックじゃない」と語った。この言葉は非常に印象的で、試合が終わった時に自然と頭の中をよぎった。90分間がこれほどあっという間に感じる試合は初めてだった。展開が最も熱を帯びていた前半のアディショナルタイム2分など、ものの10秒間くらいに感じられた。

シンクロしたスタンドとピッチ

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ブラジル代表はベンチの選手たちも一体となって戦っていた【写真:Getty Images】

 この際だからピッチ上の戦術的な部分は割愛する。ウォーミングアップを終えて戦闘服に着替えた選手が入場し、整列して、国歌の大合唱が360度から響き渡る。アルゼンチンのファンはあの場では少数派に過ぎず、歓声はほとんどかき消されてしまう。ブラジルのファンは相手選手がミスをすれば容赦なく大ブーイングを浴びせ、味方がいいプレーを見せれば大歓声で後押しする。

 そこかしこから自然とチャントが巻き起こり、徐々に広がってスタジアム全体が共鳴する様は鳥肌ものだ。大会開幕戦のブラジル対ボリビアは観客こそ4万人以上いたものの、試合内容がお粗末なうえに、応援も静かだった。同じブラジル代表の試合でも、相手がアルゼンチン代表になるとこうまで違うのかと衝撃を受けた。

 あれだけの後押しを受ければ、選手たちの力にならないはずがない。心なしかブラジル代表の選手たちのプレーに、いつも以上の躍動感があるように見えた。そして19分、ガブリエル・ジェズスのゴールでカナリア軍団が先制に成功すると、スタンドは爆発したような大歓声に包まれる。

 起点となったダニエウ・アウベスは、自陣に戻りながらスタンドの方を向き、誇らしげに左胸のエンブレムを叩いた。それに呼応するようにファンの歌う声も一段と大きくなる。この瞬間、完全にピッチ内の選手たちのエネルギーと客席が生み出すパワーがシンクロした。

 ブラジル代表は、相手よりも“チーム”だった。1つひとつのファウルに、ベンチから選手が全員飛び出してきて審判にアピールする。ベンチ裏でウォーミングアップをしていても試合が気になりすぎてこまめに足が止まり、全員でピッチに視線を送る。ゴールが決まれば全員でスコアラーを祝福に走る。

 アルゼンチン代表はリオネル・メッシが攻守に奔走し、猛烈なプレスバックも見せたが、彼が動かなければ何かが起こる気配はなかった。ベンチでもリオネル・スカローニ監督や、ワルテル・サムエル、ロベルト・アジャラといったコーチ陣が現役時代さながらの激しい動きで審判に詰め寄る姿こそ見えたが、選手たちは比較的静かに試合を見守っていた。

 ピッチの上から、ベンチから放たれるエネルギーはスタンドにも勇気を与える。ほとばしる情熱が90分間ミネイロンを支配し、ブラジルは戦い抜いた。結果は2-0でブラジルの勝利。試合終了の笛が鳴った瞬間に緊張の糸がほぐれて感情を爆発させるブラジル側に対し、またもタイトル目前で敗れて呆然と立ち尽くすメッシの姿がいろいろなものを物語っていたように思う。それだけ大きな意味を持つ一戦だったのだ。

ブラジル、12年ぶりの優勝まであと一歩

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スタンドには数々のユニークなファンの姿も【写真:Getty Images】

 ネイマールがいない、他にもけが人だらけ、そんな厳しい状況でもブラジル代表は団結力を失わなかった。大会序盤は振るわなかったが、ここにきてチームとしての機能性が発揮され、眠っていた攻撃の破壊力も戻りつつある。ピッチ上での完成度が急速に高まってきた。ファンとの信頼関係も、アルゼンチンを打ち破ったことで最高の状態にあると言っていい。

 アルゼンチン代表は現実を突きつけられた。しかし、負ければ代表引退の可能性も取りざたされていたメッシは試合後に「助けなければいけないのなら、そうする。このチームは成長しているし、今後も加われるのなら喜んで行く」とアルゼンチン代表でのキャリア継続を明言した。ブラジル代表との正面からのぶつかり合いの中で、視線の先に何かを見出したのだろうか。

 一方、ブラジルは代表自信に満ちた状態で、聖地マラカナンへ乗り込む。7日の決勝ではチリ代表を3-0で退けたペルー代表と激突だ。グループリーグでは5-0と圧勝を収めたが、タイトルをかけた一戦でそうはなるまい。

「勝利を強く欲している。それは僕たちにとって大きすぎるくらいの感情だ。代表チームでも勝利を必要としている。僕たちは今、チッチ監督と素晴らしい仕事を成し遂げている最中で、国とともに、スタッフ、監督、チームメイトたちとともにタイトルを勝ち取らなければならない」

 アリソンはそう語り、洗練されつつあるチームスピリットを誇った。ブラジル代表は5年前のワールドカップでドイツに1-7で苦杯を舐めさせられたミネイロンで過去の因縁を清算し、頂点への道をまた一歩進んだ。実は無失点優勝の可能性もある。「サッカーはロジックではない」から決勝で何が起こるかわからないが、極上の熱狂の中でアルゼンチンとの激戦を制したことによってブラジル代表の12年ぶりのコパ・アメリカ優勝への自信は確信へと変わりつつあるはずだ。

(取材・文:舩木渉【ブラジル】)

【了】

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