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「お前はロンドンに住んでいる。だからマンチェスター・ユナイテッドは応援できない」【ロンドン荒くれサッカー史・前編】

text by 金井真紀 photo by Getty Images

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4年に1度の祝祭・FIFAワールドカップが間もなく開幕する。11月14日に発売された『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』は、文筆家・イラストレーターの金井真紀が世界中に散らばるサッカーを愛する人々に話を聞き、サッカーを通してそれぞれの国と社会を覗いている。今回は同書より「父ちゃんはピッチで、息子はパブで熱くなる──ロンドン荒くれサッカー史」を一部抜粋して前後半に分けてお届けする。(文と絵:金井真紀)



「お前はどこのチームが好きなんだい?」


【絵:金井真紀】

「昨夜はトッテナムとのダービーで……あぁ、気分が悪いよ」

【『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』の詳細・購入はこちら】

 ジョーさんが指定してきた月曜の午後、東京からビデオ通話をつなぐ。ロンドンはまだ早朝で、彼は前夜の敗戦を思いっ切りひきずっていた。

「期待していた分、ダメージがでかい。昨夜のアーセナルは自分たちの力を過信してたよ。くそっ」

 家の近所のバーで、いつもの仲間と観戦したらしい。バーにはトッテナムのファンもいて、しまいには両陣営が言い合いになって、その仲裁をして……。

「飲みすぎないように、パイントグラスじゃなくていちいち小瓶でビールを頼んでたんだけど、結局何本飲んだか覚えてないよ」

 そう言って肩をすくめた。フフフ、ロンドンっ子の週末だ。プレミアリーグは新型コロナ感染拡大防止のため無観客試合を続けているが、ファンの日常はすでに戻ってきているようだった(取材は2020年夏)。

 ジョーさんのアーセナルサポーター歴は約50年。表情豊かに語られる物語に耳を傾けていると、ビデオ通話の画面越しにロンドンの風が吹いてきた。グッド・オールド・デイズ、サッカー場が荒くれ者の巣窟だったあの頃の風が。

「サッカーにまつわる一番最初の記憶は、『ボビー・チャールトンのキャスドン・サッカー』で遊んだことだね」

 ジョーさんはニコニコしながら言った。キャスドンは1946年創業の老舗おもちゃメーカーで、60年代に発売された卓上サッカーゲームは大人気を博した。プラスチック製の荒削りなおもちゃだが、いまでも中古品がマニアのあいだで取引されている。中でも高い値がつくのが「ボビー・チャールトン版」らしい。当時、ジョーさんの家にはそれがあった。

 ある日、大叔父にあたるロンおじいさんに質問された。

「お前はどこのチームが好きなんだい?」

 おそらく2歳か3歳だったジョー少年は、ゲーム盤の箱に印刷されたボビーの顔を思い浮かべ、幼い声で答えた。

「マンチェスター・ユナイテッド」

 それを聞いたロンおじいさんは顔色を変えた。かどうかは定かではないが、重々しくジョーさんに言い渡した。

「お前はロンドンに住んでいる。だからイングランド北部のチームを応援することはできないんだよ」

 そしておじいさんは、静かな口調で提案した。

「アーセナルはどうかな」

 重大な局面だ。そのときのおじいさんの使命感、緊張感はいかばかりか、想像するとニヤニヤしてしまう。

「ロンおじいさんに言われて、ぼくは初めて理解した。母方の親戚はみんなグーナー(アーセナルファン)だったんだ。ぼくは『わかった。そうする』と答えた」

<書籍概要>

『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』

定価:1,870円(本体1,700円+税)

万国のサポーターを通して、それぞれの国のいまと、社会のいまを見てみよう

世界に散らばるサッカー民のはなしをじっくりと聞けば、それぞれの国のいまと、社会のいまもじんわりと見えてくる。ザ・武闘派、日系ブラジル人、障害者、イスラム女性、パブの荒くれ者、クルド人、LGBTQ+など、スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなしを、文筆家・イラストレーターの金井真紀が聞き書きする。

詳細はこちら

【了】

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