ベルルスコーニ氏の死。揺れるクラブ経営
当時38歳だった青年監督にとって、セリエA初采配となったユーヴェ戦で、番狂わせの勝利を収めると、ここから無失点で3連勝。その後、3連敗を喫するが、チームは徐々に安定感を高め、後半戦でもユーヴェから再び金星を奪うなど、大健闘。序盤戦では残留の可能性は限りなくゼロに近いと見られたが、望外の11位で終えることに成功した。初めてのセリエAでの戦いは、合格点を与えられるものだった。
上々のセリエAデビューを飾ったモンツァだが、その未来は決して明るいものではなかった。それは、ベルルスコーニ氏の体調が芳しくなく、不安がつきまとっていたからだ。
そして、2023年6月12日、ベルルスコーニ氏がこの世を去る。
クラブは、「シルヴィオの強さは、決して立ち止まらず、常に新たな目標を夢見て追い続けたことです。モンツァとすべてのモンツァ市民にとって、夢の人でした。会長、あなたのおかげで、すべてが現実離れしたようでした」と声明を出し、哀悼の意を示した。
名目上の会長は、弟のパオロが務めていたが、サッカーに情熱を注ぐ人物ではなく、シルヴィオの死と共に、モンツァ売却の動きが本格化し始める。もはや、100%の株式を所有するフィニンヴェスト社が、モンツァの経営権を手放すか、あるいは縮小させるのは時間の問題と見られている。
23/24シーズンも前年から順位を一つ下げて12位で終えたが、苦しむことなく目標としていた残留を勝ち取った。しかし、その夏、チームを待ち受けていたのは、主力の流出だった。