フットボールチャンネル

コラム 4か月前

モドリッチの情熱は決して消えない。なぜ、いまミランを選んだのか。「迷いはなかった」バロンドーラーの心を動かしたもの【コラム】

シリーズ:コラム text by 佐藤徳和

ミランにはバロンドーラーが似合う

 ミランは中心選手のタイアニ・ラインデルスを、マンチェスター・シティから提示された移籍金5500万ユーロ(約88億円)に抗うことができず、あっさりと放出してしまった。

 かつてシルヴィオ・ベルルスコーニが築き上げた、1980年代末から2000年代初頭にかけてのようなブランド力はもはやなく、脚光を浴びる選手を引き留める力も今のミランにはない。ニューカッスルに“強奪”されたサンドロ・トナーリのように、プレミアリーグ勢に目をつけられると、残留させることはもはや至難の業だ。

 ターレSDは、現在のチームに欠けているものは、“リーダー”であるとの見解を下した。世界トップレベルで、一線級の牽引者を引き抜くには、高額な移籍金が必要であり、今のミランにその資金力はない。ベルギーやオランダといった中堅リーグから、“ラインデルス2世”を発掘し、引き抜くことは可能だろう。

 だが、それは、不透明な投資であり、時間を要す。サポーターの怒りを見る限り、ミランにその“時間”すら残されていないことは明白だ。それならば、ある程度以上の活躍が約束される、熟練のプレーヤーを迎え入れるという選択肢も、決して誤りではないだろう。

 再建を目指すクラブにとって、数々の栄光を収めたベテランプレーヤーの叡智と経験は確実な力となる。チームメイトにも多大な影響を及ぼすはずだ。そして何より、ミランは、“ルカ少年”が憧れたチームだ。そのチームのユニフォームに袖を通し、共に勝利を味わうことは、大きな喜びであり、誇りとなるに違いない。

 ミランには、多くのバロンドーラーが在籍した。1969年にバロンドールを獲得したレジェンドの中のレジェンド、ジャンニ・リヴェラは、1993年に受賞のロベルト・バッジョと二分し、「イタリア史上最高の選手は誰か?」という議論が今も絶えないスーパースターだ。

 そのバッジョも1995年夏にミランに加入し、1982年ワールドカップの得点王、パオロ・ロッシもミランのユニフォームに袖を通している。ジャン=ピエール・パパンも忘れてはならない存在だ。ロナウドやリヴァウド、ロナウジーニョのブラジル勢も、ミランでプレーした経験を持つ。

 オランダトリオとして名を馳せたルート・フリットとマルコ・ファン・バステンは、ミラン在籍中にバロンドールを掲げた。後者は、その栄誉を3度手にしている。センセーショナルな活躍を見せたジョージ・ウェア、“ウクライナの矢”、アンドリー・シェフチェンコも、ミラニスタとしてこの賞で頂点に立った。

 そして、最後は、2007年のカカーの名が挙がる。ミランというクラブには、バロンドールの称号を持つ選手こそがふさわしい。そう言える歴史と格式がある。6度のチャンピオンズリーグ優勝を誇るクロアチア史上最高のプレーヤー、モドリッチの名に恥じないクラブであることは、誰の目にも明確だ。

(文:佐藤徳和)

【関連記事】
熱狂的歓迎! ACミラン加入のモドリッチがミラニスタの前に登場!ファン殺到で大盛り上がり
“収益の魔術師”。ミラン復活を託されたイグリ・ターレとは何者なのか。「ムチを使うときは容赦ない」男の正体【コラム】
“悪魔的なデザイン”が特徴、ACミランが新アウェイユニフォームを発表!白を基調に伝統と革新が融合した一枚

【了】

1 2 3 4 5

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!