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J1 2か月前

「本当にサッカーできるのかな」浦和レッズ、安部裕葵が歩んだ1616日の軌跡。様々な言葉に凝縮された、5年間の苦労【コラム】

シリーズ:コラム text by 菊地正典 photo by Getty Images

 明治安田J1リーグ第34節、浦和レッズはアウェイで横浜F・マリノスに0-4で敗れた。その一方で、この試合は一人の選手にとって特別な一日となった。4年5か月という長い空白期間を経て、安部裕葵がついに公式戦のピッチへと戻ってきたのだ。度重なるケガとリハビリの日々を乗り越え、ようやく迎えた復帰の瞬間。ピッチに立った安部には、新たな感情と次なるキャリアへの決意が芽生えていた。(取材・文:菊地 正典)

「覚えていますよ。参入戦のやつですよね」


【写真:Getty Images】

 
 試合の残り時間が15分を切ったころだった。この試合はベンチに控えていた西川周作が、視線と激励の声を送る先をピッチからウォーミングアップエリアに変えた。

 その先でウォーミングアップを続けているのは、たった1人。安部裕葵だった。

 ウォーミングアップを終えると、安部は上半身を何度も屈めながらじっくり伸ばした両太もも裏をさすった。

 テックことヴォイチェフ・イグナティウク フィジカルコーチと力強く握手をしてベンチに向かい、ビブスを脱いでマチェイ・スコルジャ監督の指示を聞く。

 タッチラインのすぐ外に立ったあとも、前屈して両太ももをさすった。そして、最後に右太もも裏を軽く数回、叩く。

「本当はいろいろ来るものがあると思うんですけど、0-4だったので、点差に関係なく、今まで僕の復帰のために尽力してくれた人たちのために、そういう姿勢を見せようと思っていました」

 4年5ヶ月ぶり、1616日ぶりに安部が公式戦のピッチに立った。

 この試合を迎える前、安部が最後に出場した公式戦は2021年5月16日にさかのぼる。ラ・リーガ2部の昇格プレーオフ第1戦、UCAMムルシア戦だった。

「覚えていますよ。参入戦のやつですよね」

 安部は穏やかな笑みを浮かべながら続ける。

「それは裕葵にしかできないから」

 二田理央(湘南ベルマーレに期限付き移籍中)が安部からアドバイスを受けながらプレーを真似しようとしてもうまくいかない。

 その光景を見ながら、原口元気が「それは裕葵にしかできないから」と笑えば、大久保智明が「安部ちゃんの体の動きは尋常じゃない。どうなっているか分からない」と笑っていた。

 しかし、好調のときに限って、太もも裏に違和感が生じる。

「浦和に来てからも4回くらいですかね。『この週にいくぞ』というタイミングがありました。でも、試合の前日や2日前、3日前にもも裏に違和感を覚えて練習を離脱することがありました」

 調子がいいからこそプレーの幅が広がり、太もも裏に負担がかかったのかもしれないが、調子がいいからこそ痛みがぶり返すことへの落胆は大きかった。

 それでも、安部は諦めなかった。

「最初から5年かかると思っていたら、辞めていたと思います。乗り越えられていなかったと思います」

 安部はそう明かしながら、復帰までの日々を語る。

安部裕葵の復帰にかつての仲間は「うん……」

「落ち込むこともありましたが、数カ月先には希望がありましたし、支えてくれる人がいたので、何とかここまで来られました。

 とにかく毎日やれることをやっていました。明らかに良くなっているのは感じていました。1日単位で見ると良い日も悪い日もありましたが、長い目で見ると確実に良くなっていったので、自信がありました。いつかできる、と」

 ついにその「いつか」がやってきた。プレー時間は10分ほど。そもそも復帰戦であるし、違いを見せるには時間が足りなかったのかもしれないが、安部はピッチを駆け回った。

 試合が終わると、チームメイトだけではなく対戦相手の選手たちが安部のもとへ駆け寄った。

 アンダー世代の代表では安部と同サイドでコンビを組んでいた鈴木冬一は、安部がピッチに入った際も、試合終了後もコンタクトを取っていた。

 安部の復帰について問われると、「うん……」と反応し、しばらく無言の時間を経たのちに口を開いた。

「もう本当に長い間、リハビリで苦しい思いをしてきたので、一緒にやっていた仲として非常にうれしかった。試合ではやらせたくない思いが強かったけど、本当に、うん……感慨深いものがありましたね」

 ウォーミングアップの最中に「裕葵、いけよ!」と声をかけたという西川は、満面の笑みに真剣な表情も織り交ぜながらこう話した。

「ついに来たなって。裕葵のプレーを見られるのをめっちゃ楽しみにしていたから。今日はまず何事もなく試合を終えられたことが一番。これからも健康第一だけど、次もチャンスがあったらうれしいですね」

 試合直後の時点で復帰を祝福する連絡はたくさん届いていたという。

 SNSでもチームメートだけではなく、例えば伊藤敦樹など、かつての仲間たちも安部の復帰を祝福していた。どれだけの仲間が安部の復帰を心待ちにしていたことか。

「そういう人たちの人生を背負うくらいの気持ち」

「ここ5年近く、こうしてプレーすることが一応のゴールではありました」

 その言葉に安部の5年間の苦労が凝縮されている。通常、選手が出場をゴールにすることはないからだ。

 だが、いざピッチに立ってみると違う感情も芽生えた。

「いざここまで来ると、あくまで通過点なんだと思います。勝ちたい、タイトルを獲りたい、いいプレーをしたい。そういう気持ちはサッカー選手として自然に出てくるので、しっかりケガと向き合いながら、またもう一歩、もう二歩と、新しいステップに行けたらいいなと思います。

 今日は『僕をサポートしてくれた人たちのために』という気持ちが強かった。本当にいろんな人に頑張ってもらったので。これからのサッカー人生も自分のためだけでなく、そういう人たちの人生を背負うくらいの気持ちで、サッカーを頑張ろうと思います」

 その間、安部は「まだ若いので」と言って頬を緩めた。

 約5年の空白期間があってもなお、26歳。これからどんな未来が待っているのか。復帰までの道のりのように、良い日もあれば悪い日もあるだろう。

 それでも、思う。安部は見る者をワクワクさせる選手である。

(取材・文:菊地 正典)

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【了】

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