セリエAで2回の優勝を誇る古豪フィオレンティーナがピンチだ。25/26シーズンのリーグ戦10試合を終えて未勝利。単独最下位に沈んでおり、セリエBへの降格が現実味を帯びている。近年、トップ10内が定位置だったクラブに何が起きているのか。歯車が狂った原因を、解説する。(文:佐藤徳和)
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フィオレンティーナがまさかの単独最下位

【写真:Getty Images】
セリエAを2度制した実績を持つフィオレンティーナが未曾有の危機に瀕している。
2026年8月29日にクラブ創設100周年を迎える節目の年に、セリエB降格の恐れが強まっているのだ。
10試合を終えて4分け6敗と、1度も勝利をあげることすらできず、ついに単独最下位に転落した。
今夏、フィオレンティーナが費やした補強支出額は、9090万ユーロ(約154.5億円)。20クラブ中6位の投資額で、7位につけるASローマの6360万ユーロ(約108億円)よりも多い。
そのようなクラブが第10節を終えて最下位に転落したとは、受け入れがたい事実だ。
フィオレンティーナがシーズン途中で単独最下位に沈むのは、1937/38シーズン以来、実におよそ90年ぶりのことだ。
しかし当時でさえ、第2節のボローニャ戦と第9節のルッケーゼ戦ですでに白星を挙げていた(このシーズンは、最終的に3勝しかあげられず、第8節以降に勝利したのは、最終節のアタランタ戦だけ。すでに降格が決まっていたクラブ同士の対決で、5-0と大勝を収めたが焼け石に水だった)。
ガブリエル・バティストゥータやブライアン・ラウドルップを擁しながら、まさかの降格を喫した1992/93シーズンも、第10節までに勝ち点12を積み上げていた。
ちなみに、このシーズンに守備陣で主力の一人であったのが、奇しくもステファノ・ピオーリであった。
なぜ? 突如指揮官が辞任へ
21世紀に入った最初のシーズンでも、18チーム中16位に終わり、降格の憂き目に遭っているが、このシーズンも今季ほど酷い成績ではなく、第10節までに勝ち点10を獲得している。
10試合を終えて、未勝利という事実が、このフィレンツェの名門クラブにとっていかに稀有なものかを物語っている。そしていま、セリエBという“魔物”が、着実に迫ってきている。
直近5シーズンのうち、20/21シーズンこそ二桁順位の13位に終わったものの、それ以降は7位、8位、8位、6位と、目を見張るようなサプライズはなかったが、クラブの保有戦力を踏まえれば、おおむね妥当な順位を維持していたと言える。
昨季は、第7節からは9連勝で、一時は2位にまで順位を押し上げた。この5シーズンで最高位の6位に入り、新季に向けたプロジェクトを計画し始めた矢先の5月30日、ラッファエーレ・パッラディーノ監督が突如辞任を表明。5月7日に2027年6月30日まで契約を延長したばかりでの退任で、大きな驚きをもたらした。
UEFAカンファレンスリーグ(ECL)では準決勝でベティスに敗れ、3年連続の決勝進出を逃したが、それが原因ではない。スポーツディレクターのダニエレ・プラデーとの確執が最大の理由とされている。
敗戦のたびに、58歳のプラデーが、41歳のパッラディーノを批判していたようだ。
こうして、ナポリ生まれの指揮官は、年俸100万ユーロ(約1.7億円)超、残り2年の契約を自ら放棄して、フィオレンティーナを去る決断を下した。
期待を裏切り続ける新戦力
突然の指揮官辞任に後任探しは難航。実に1カ月以上の監督不在が続いた。
新監督との契約締結が発表されたのは7月12日。夏のトレーニングキャンプ開始まで2日と迫っていた中での新監督の公表となった。ピオーリとの3年契約である。
選手として154試合にヴィオラの一員としてプレーし、1シーズンと31試合(シーズン途中に辞任)に指揮したピオーリの帰還だ。21/22シーズンには、ミランにスクデットをもたらした実力派監督の復帰である。
さらに、前述のとおり、移籍市場では、買取オプションの行使も含め、9090万ユーロ(約154.5億円)が投資された。
ロベルト・ピッコリは、2500万ユーロ(約42.5億円)、ジーモン・ゾームには1500万ユーロ(約25.5億円)、ヤコポ・ファッツィーニを900万ユーロ(約15.3億円)でそれぞれ獲得している。
エディン・ジェコはフリーで加入したが、年俸は手取りで180万ユーロ(約3億円)に達する。
しかし、ピッコリは、昨季のカリアリで10ゴールを挙げているが、相場を上回る移籍金が支払われた印象だ。39歳のジェコは、トルコのスュペル・リグで14ゴールをマークしているものの、リーグ全体のレベルの低さは否めない。
懐疑的な声は残念ながら的中した。
ピッコリとジェコはこのリーグ戦10試合で1度もネットを揺らすことができていない。前者は過大評価され、後者はピークを過ぎていた。
このメルカートで最も成功を収めたと言えるのは、昨季にリーグ2位の19得点を決めたモイーズ・キーンの慰留だろう。だが、そのキーンも不振のチームの中で孤軍奮闘しているとは言え、2得点と精彩を欠いている。
クラブが支払う報酬も6500万ユーロ(約110.5億円)で全体の7位。財務報告書の中で、経営陣はこう記載している。
SDが辞任。そしてついにはピオーリも…
「これらの投資は、カンファレンスリーグとコッパ・イタリアで可能な限り勝ち進み、昨シーズンのリーグ6位という成績を上回ることを目指して実施された」
だがその計画は、無惨にも“絵に描いた餅”となってしまった。
11月4日、ピオーリの解任がついにクラブから正式発表された。時すでに遅しといった印象が拭えない解任劇だ。
クラブはピオーリを擁護し続けた。これが、ピオーリでなければもっと早く解任されていただろうというのが一般的な見方だ。そして、300万ユーロ(約5億円)の3年契約が、解任を躊躇させたものと見られる。
スクデット獲得の監督だけあって、報酬は安くはない。ちなみに、ナポリのアントニオ・コンテは800万ユーロ(約13.6億円)、ミランのマッシミリアーノ・アッレグリとローマのジャン・ピエロ・ガスペリーニは500万ユーロ(約8.5億円)である。
ピオーリは、「私には契約がある。それを尊重する。辞めさせたいなら、あなたたちが、私をクビにすればいい」と主張。辞任を頑なに拒んだ。
自ら退任すれば、残りの2年半の報酬は得られない。代わって先に辞任を表明したのが、ダニエレ・プラデーSDだった。
2019年に3年ぶりに復帰し、ロッコ・コンミッソ・オーナーの右腕として、補強の責任者として尽力してきた人物だ。
プラデーは親しい関係者に「私たちは全員が敗者だ。今がその時だった」と明かしていたようだ。
1歳年上のゼネラルディレクター、アレッサンドロ・フェッラーリが留意に動いたが、プラデーの決意は固く、翻意することはなかった。
第10節、レッチェ戦前日、11月1日の出来事であったが、SDの辞任では、チームを変えることはできず、レッチェにも0-1と敗れた。
「ピオーリ、クビだ!」との罵声が飛ぶほど、サポーターの怒りは止まらなかったが、それでもピオーリは辞任することはなかった。
フィオレンティーナの低迷の要因の一つは、開幕からシステムを一貫して戦えなかったことが挙げられる。
ピオーリの逆鱗に触れた“ある事件”
開幕節のカリアリ・カルチョ戦では、3-4-2-1、第2戦のトリノFC戦は3-4-1-2、第3戦のSSCナポリ戦では3-5-2で戦っていた。
そして、第4節でのコモ1907戦では、4バックが採用され、第5節のピサSC戦では再び3-5-2に戻されている。
プレシーズンに何をしていたのだろうかと訝しく思うしかない。その準備期間には、セリエA開幕直前の一試合で日本大学生選抜に1-2とまさかの黒星を喫した。すでにチーム瓦解の予兆はこの頃からあったのかもしれない。
イタリア・メディア『calciomercato.com』によると、ピオーリは当初、3トップを構想に抱き、キーン、ジェコ、あるいはピッコリ、アルベルト・グズムンドソンの3人を前線に並べるというプランを持っていたという。
この構想の実現のため、ピオーリはピッコリの獲得を強く要求し、プラーデは24歳のFWに2500万ユーロを投じた。
だが、この3トップ案はすぐにお蔵入りとなったと伝えられている。コモ1907戦では、プレシーズンにもほとんど試さなかった4-4-2を採用したが、機能不全に終わった。
今季のリーグで旋風を巻き起こしているチームが相手とはいえ、18本のシュートを浴び、1-2で敗戦。スコア以上に実力差を感じさせる内容だった。
泥沼にはまったチームには、しばしばネガティブなエピソードが明るみに出るものだ。
フィオレンティーナ専門メディア『ラーバロ・ヴィオラ(紫の旗印)』が11月5日に報じたのは、まさにその一例である。
10月27日、本拠地にボローニャを迎えた一戦。1点のビハインドを背負い、ハーフタイムを迎えると、ロッカールームで“事件”が起きる。
フィオレンティーナの下部組織出身で、主将のルーカ・ラニエーリが、戦い方に対してチームメイトに異を唱えた。
「こんなプレーをしていたら、セリエBに落ちてしまう」
この発言がピオーリの逆鱗に触れた。
「そんなことを言う権利はない。お前はもう試合に出さない」と叱責した。
この衝突が原因か、次節のインテル戦でラニエーリはメンバーから外された。カピターノが唯一先発から外れた試合だ。
代役を務めたマッティア・ヴィーティが0-3と敗れたインテル戦で退場を命じられ、レッチェ戦で出場停止となっていなければ、ラニエーリはこの試合でも出番はなかったかもしれない。
ピオーリにもはやチームを統率する力はなかった。クラブはもっと早くチームの空気を察知し、解任を決断しなければならなかった。
生まれ変わったヴィオラ。降格回避なるか
11月5日、クラブは新スポーツディレクターを発表した。ロベルト・ゴレッティの就任だ。
2024年6月からテクニカル・ディレクターを務めていた人物で、内部昇格となった。フィレンツェ出身で元ユヴェントスのテクニカル・ディレクターのクリスティアーノ・ジュントリの名も候補の一人に挙がっていたが、それはあくまでファンによる願望でしかなかった。
一方、新監督の任命には時間を要し、フィオレンティーナのプリマヴェーラ(下部組織)を指揮していたダニエーレ・ガッロッパがトップチームの監督を暫定的に務めることとなった。
ガッロッパ監督代行が指揮した7日のカンファレンスリーグ第3節では、ドイツのマインツと対戦し、1-2と敗戦。開始16分にゾームのゴールで幸先よく先行したが、68分に同点弾を許すと、後半アディショナルタイムに逆転弾を奪われ1-2で敗れた。
ブンデスリーガで17位と低迷し、同じような状況にあるクラブとの対決での敗戦。フィオレンティーナの苦難は続く。
イタリアメディア『Sportitalia』の報道によれば、新監督候補には、パルマやレッチェなどを指揮したロベルト・ダヴェルサが有力視されていたが、サポーターからの激しい反発もあり、交渉は白紙となった。
ダヴェルサのスタイルはあまりにも守備的であり、フィオレンティーナの求める攻撃的なスタイルとは相容れない。サポーターの声はもっともである。
この事態を受け、一部の選手たちが、パッラディーノの復帰を求めたものの、彼はクラブとの関係が悪化していたため、実際には候補とはならなかった。
こうした経緯を経て、最終的にクラブはパオロ・ヴァノーリを新監督に迎える決断を下した。ヴェネツィアFCやトリノFCを指揮し、3バックを起点とした戦術をベースにしてきた監督で、現役時代には2002年までの2シーズンをフィオレンティーナでプレーした実績も持つ。
初陣は9日のアウェイでのジェノア戦となりそうだ。パトリック・ヴィエラが解任され、ダニエーレ・デ・ロッシが新監督に就任したばかりのチームだ。
そして、代表ウィーク開けの23日には、ヴィオラの最大の敵、ユーヴェとのホームでの決戦が待ち受ける。
こちらも指揮官が交代し、ルチャーノ・スパッレッティが新しい指揮官に迎えられた。
フィオレンティーナが降格を回避できるのか否か。真価が問われる一戦だ。
(文:佐藤徳和)
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