第105回天皇杯・決勝戦が22日に行われ、FC町田ゼルビアはヴィッセル神戸と対戦した。クラブ史上初の主要タイトル獲得を狙う町田は、前年度チャンピオンを3-1で撃破。悲願達成を最後方から支えたのは、GKの谷晃生だ。サッカー日本代表から遠ざかっても、25歳の守護神は変わらずチームのために邁進する。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
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「チームの歴史が動いた」FC町田ゼルビアが天皇杯を制覇
いまだからこそ明かせる。ガンバ大阪からの期限付き移籍先を、ベルギー2部のデンデルからクラブ史上初のJ1での戦いに臨むFC町田ゼルビアへ変えた昨シーズン。谷晃生は心の片隅でこう思っていた。
「昨シーズンに僕が来たときは『残留争いかな』と思っていました」
予感はいい意味で裏切られる。
9月までJ1リーグの首位に立っていた町田は、最終的にはヴィッセル神戸、サンフレッチェ広島に次ぐ3位でフィニッシュ。快進撃の原動力になったのは、守護神を拝命した谷、キャプテンを担ったDF昌子源らを中心にJ1最少失点の「34」を誇った堅守だった。
迎えた今シーズン。高校サッカー界の常勝軍団、青森山田の指揮官から異例の転身を遂げて3年目の指揮を執る黒田剛監督が「何かひとつ、タイトルを獲ろう」と開幕前の始動時に宣言。町田に関わる全員で共有された高いハードルを、天皇杯JFA第105回全日本サッカー選手権大会制覇でかなえた。
「ひとつ目の星なので、そこはチームの歴史が動いたと思っています。(タイトル数が)0から1、というところはすごく大きなものだし、そこの歴史に自分の名前を刻めたのもすごくうれしいですね」
22日に国立競技場で行われた、大会連覇を狙う神戸との決勝を3-1で制した余韻が色濃く残る試合後の取材エリア。くしくもこの日が25回目の誕生日だった谷が、ちょっぴりはにかみながら言葉を紡いだ。
「特別な25歳を迎えられました。(誕生日に試合は)ちょっと記憶には…覚えていないですね」
「開始15分で試合が絶対に動く」
キックオフ前のミーティング。黒田監督のひと言が町田の闘志を一気に高めた。
「開始15分で試合が絶対に動く」
予言は現実のものになった。開始わずか6分。左タッチラインから林幸太郎が縦に投じたロングスローをミッチェル・デュークが頭でつなぐも、神戸のキャプテン、山川哲史がクリアする。
それを判断よくカットした中山雄太が意表を突いて縦へドリブルを仕掛け、左サイドをえぐってから利き足の左足を振り抜いた。
クロスに反応した藤尾翔太が、勢いよく飛び出してくる神戸の守護神・前川黛也に怯まずに競り合う。藤尾の頭に先に当たったボールは緩やかに宙を舞い、ワンバウンドした後にゴールへと吸い込まれた。
15分どころか6分で動いた頂上決戦。指揮官の予言でその気にさせられたと谷が振り返る。
「監督によれば、これまで高校サッカーで何度も決勝を戦ったなかでそういうことがあった、と。僕たちもそれをいいほうに受け取るのか、それとも悪いほうに受け取るのか。
自分たちが最初から相手をのみ込んでいく、となったなかで、立ち上がりに点を取れたのはチームにとってすごく大きかったと思う」
逆に神戸に対しては試合を動かせなかった。
町田陣内の右サイドで酒井高徳がボールを左足にもち替えた22分。ファーへ放たれた柔らかいクロスを、武藤嘉紀が頭で折り返したゴール中央。町田がボールウォッチャーになっていたのか。ポッカリと空いたスペースへ、井手口陽介がフリーで走り込んできた。
そのなかでただ一人、谷だけが神戸の選手たちの動きを把握し、さらに落ち着いていた。
「晃生がいるから勝てている、勝ち点3を獲れている」
「クロスが入ったその折り返しでエアポケットができていたというか、空いてしまったところで、僕自身は相手の動きは見えていました。
そこで先に動かずに、自分の捕れる範囲に来たボールだけにしっかりと反応する、というところだけを意識していました。いい準備ができていたと思います」
至近距離から井手口が放った強烈な左足ボレーに、完璧に反応した谷が左へ重心を移動させながら両手で左コーナーキック(CK)に逃れる。
同点とされていたら、その後の展開はわからなくなっていた場面。町田を救うビッグセーブだったのでは、と問われた谷は、今度はちょっぴり胸を張った。
「そうですね。しっかりと仕事ができてよかったと思っています」
リーグ戦でも何度もビッグセーブを披露し、町田のピンチを救ってきた。
黒田監督が掲げるコンセプトのひとつに「相手にシュートを打たせない」がある。もちろん被シュート数を0で90分間を終えるのは不可能に近い。昌子が苦笑しながら谷の存在に感謝する。
「それでも『打たれても大丈夫だろう』と思えるような存在感を晃生が発揮してくれている。実際に『それを止めるんだ』という場面が何度もあった。それがあるからこそ、僕たちも思い切っていけている。
晃生がいるから勝てている、勝ち点3を獲れている、といっても過言じゃないと思っています」
