北海道コンサドーレ札幌から名古屋グランパスへの移籍が発表された高嶺朋樹【写真:Getty Images】
2025年、ベルギー1部リーグ・KVコルトレイクからJ2の北海道コンサドーレ札幌へ電撃復帰した高嶺朋樹。ボランチを主戦場にしながら10ゴールを叩き出し、J2ベストイレブンにも選ばれたが、目標に掲げていた札幌のJ1昇格には届かなかった。シーズン終了後、片手で数え切れないほどの獲得オファーが舞い込む中、悩みに悩み抜いた末に下した決断は名古屋グランパスへの移籍。高嶺が今の胸中を語ってくれた。(取材・文:黒川広人)[1/2ページ]
残留か、移籍か。高嶺朋樹の感情は揺れ動き続けた。
今季チームトップの10ゴールを挙げ、J2ベストイレブンを受賞した高嶺朋樹【写真:Getty Images】
小学4年生から北海道コンサドーレ札幌のアカデミーで育った高嶺にとって、札幌は特別なクラブだ。
だからこそ、古巣が9年ぶりのJ2降格となった2024シーズン終了後、ベルギーで戦い続ける選択肢やJ1のメガクラブからの誘いがいくつもあった中で、札幌復帰を決断した。
そして、この1年、おらが街のクラブのJ1昇格のみにフォーカスし、戦い抜いた。
「なんとか札幌をJ1に戻したい一心で戻ってきて、それだけを考えてプレーしてきました。この1年間、コンサドーレを背負い、J1昇格のために自分のすべての力を捧げて、戦い抜いた。それは自信を持って言えることです。その結果、キャリアハイの結果を残すことができました。札幌に帰ってきて本当に良かったと思っていますし、クラブには本当に感謝しています。
ただ、もしこの活躍をJ1でやることができれば、日本代表が見えてくるんじゃないかという想いも芽生えて…。正直、簡単には割り切れませんでした。でも、クラブやサポーターからの期待や信頼もひしひしと感じていて。多くの人の想いや感情を背負っている中、自分のキャリアを優先していいのかとずっと葛藤していました」
シーズン終了後、高嶺の感情は揺れ動き続けた。
「深井(一希)さんがあれだけ多くの方々に惜しまれながら送り出される姿を見て、素晴らしいプロサッカーキャリアだなと強く感じました。俺もそういうふうに引退できたらいいなと思って、“このまま札幌で戦い続けよう”と本当に思っていました。
でも、終わり方を今から考えるのも違うんじゃないか、とも感じたりもしました。実際、J1でやりたい、アウォーズに出たい、日本代表になりたい、結果を残したことで、“もっと上を目指せるかもしれない”という想いも日ごとに強くなり、コンサの強化部にもその想いは伝えさせてもらいました」
札幌からも新シーズンの熱意あるオファーを受け、クラブの誠意は十分に伝わっていたという。
「本当に悩んだ」高嶺朋樹が来季、戦う場所に名古屋グランパスを選んだ理由とは?
北海道コンサドーレ札幌から名古屋グランパスへの移籍が発表された高嶺朋樹【写真:編集部】
「当然、札幌からも来季のオファーを受けていましたし、札幌の本気度をすごく感じるものでした。それも本当に悩んだ理由というか…。チームが最大限、自分に対して評価してくれた。
また、パートナーの方々にご挨拶に伺った際も、“こんなにも自分は応援されているんだ”と実感して、日々、判断が揺れ動いていました。こういった方々のためにも頑張りたいと思いましたし、本当に悩みました。でも、最終的には“自分の人生。最後は自分で決断し、切り開いていくしかないよな”って」
決断には「年齢」の問題もあった。12月末に28歳の誕生日を迎えた高嶺にとって、ここから数年がキャリアの最盛期になると考えている。
「もしここから1年半、J2で戦ったら、最短でも30歳の年でJ1に上がる形になります。サッカー選手にとって1年は本当に有限だと思います。その中でのピークの1年はもっと貴重だし、その中で決断しなきゃいけない。札幌には本当にギリギリまで待ってもらったので、伝えるときは本当に心苦しかったですが、最終的には自分のキャリアを見据えての決断になりました」
数多ある選択肢の中から、なぜ名古屋グランパスを選んだのか。
「多くのクラブから熱意ある話をいただいた中で、“一番必要としてくれた”のが名古屋だったんです。ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の愛称)の就任前から話はいただいていて、強化部の中村直志さんの熱意を強く感じました。『チームの核として考えている』、『総合力を高く評価している』という言葉もいただきました。
守備のボール奪取や強度はもちろん、攻撃面のクオリティを特に強調して伝えてくれました。パスも出せるし、局面を打開できるドリブルもあるし、得点力もあると。自分の中の感覚として、ここに行って間違いはないと思えたことが大きかったです。加えて、移籍金も札幌にしっかりと残したかったので。すべてを総合的に考えて、選択しました」
2022年以来、再び共に戦うことになった名古屋の新指揮官、ペトロヴィッチ監督とはこんな会話もあったという。
「未来の自分は今の積み重ねの先にある」。高嶺朋樹は誰がなんと言おうと、自分のイメージする理想像を目指し、愚直にやり続ける
2025年4月、北海道コンサドーレ札幌のトレーニングに励む高嶺朋樹【写真:編集部】
「『とにかく来いと。お前が来てくれないと困る』と話をしてもらい、強く必要とされているのを感じました。また、『一番やりたいポジションは左サイドバックなんだろう』みたいなジョークも言われましたけど、札幌のときにそこに俺を置く理由はもちろん理解できたという話もした上で、『俺が勝負したいのはボランチです』とも伝えました」
迷い抜いた末の選択。新シーズンの名古屋の可能性と、自分の力を信じている。
「近年は順位が低迷していますが、Jリーグ全体で見れば名古屋はビッグクラブ。選手の質も非常に高いですし、そこにミシャが加わることで、確実にみんな上手くなると思うし、大きな可能性があると思っています。自分自身、ミシャのサッカーをよく知っていますし、“このチームを引っ張っていく”強い気持ちでいます。J1の舞台でも今年以上のパフォーマンスを出せる自信があります」
「プロサッカー選手として当然」と自身で語るが、高嶺は向上心の塊のような選手だ。筋力トレーニングも練習もケアも、誰よりも熱心に取り組む姿勢を崩さない。「未来の自分は今の積み重ねの先にある」と語り、人がなんと言おうと、自分のイメージする理想像を目指し、愚直にやり続けられる男だ。
「サッカー選手をやっている以上、日本代表というのは誰もが目指すべきだし、そこに対してベストを尽くし、取り組んでいくのは当たり前の話だと思っています。でも、J2だった選手が来年J1へ行って半年でワールドカップに行くなんて、現実的ではないとも理解しています。今の代表はそんなレベルじゃないと思うんです。
でも、チームのために戦って、その可能性を少しでも高めていくことはできるので。次のサイクルの新しい代表もそうです。実際、谷口彰悟さんは30歳を超えて代表に定着していますし、自分ができることを毎日積み重ねていきたいと思っています」
そのすべての根源になるのが、クラブでの活躍だ。