欧州主要リーグの冬の移籍市場は、短期決戦だ。補強ポイントが明確なクラブに途中加入する一方で、環境・戦術・序列に慣れる猶予はほとんどない。本稿では、冬の海外移籍で歯車が噛み合わず、キャリアの流れを変えてしまった日本人選手を取り上げ、その背景と「失速の要因」を辿っていく。※データは『Transfermarkt』を参照[4/5ページ]
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DF:槙野智章(まきの・ともあき)
生年月日:1987年5月11日
移籍先:サンフレッチェ広島→ケルン(ドイツ)
移籍日:2011年1月1日
元サッカー日本代表の槙野智章は、2011年1月にサンフレッチェ広島からドイツ1部のケルンへ移籍したが、欧州挑戦は1年で幕を閉じた。
広島の育成組織で育った槙野は、2006年にトップチームに昇格すると、2008シーズンからは主力に定着し、レギュラーとして活躍する。
2010シーズンはJリーグの年間ベストイレブンにも選出された。23歳だった当時、『Transfermarkt』における市場価値は200万ユーロ(約3億6000万円)まで上昇していた。
2010シーズン終了後、槙野はドイツに渡り、ボルシア・ドルトムントとホッフェンハイムで練習参加。こちらは契約に至らなかったが、最終的にケルン加入を勝ち取った。
しかし、ブンデスリーガデビューとなったザンクトパウリ戦で3失点を喫すると、その後は先発の機会を失い、出場機会に恵まれなかった。
夏の移籍市場でもケルンに残留したが、翌シーズンも状況は好転せず、苦しい立場が続いた。
出場機会を求めた槙野は、2012年1月に浦和レッズへ期限付きで加入。当時の浦和は、槙野の広島時代の恩師であるミハイロ・ペトロヴィッチ監督を招へいしたところだった。
槙野はすぐにチームにフィットし、安定したパフォーマンスを披露。1年後の2013年1月には、ケルンから浦和への完全移籍が正式に決まった。

