選手権で“早くから頭角を現した選手”は、やはり強い。1年生でレギュラーを掴み、全国の舞台を何度も踏む――その積み重ねは、メンタルと強度を同時に鍛える。佐野海舟は、米子北で3大会連続の選手権出場を経験し、ボランチとして攻守の基準を引き上げ続けた。いま代表と欧州で評価される走力と奪取力は、冬の国立へつながる日々の延長線上にある。[2/5ページ]
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MF:佐野海舟(さの・かいしゅう)
生年月日:2000年12月30日
所属クラブ:マインツ(ドイツ)
出身高校:米子北(鳥取)
選手権最高成績:ベスト8
今では森保ジャパンとマインツ(ドイツ)の中盤に欠かせないピースとなった男は、高校時代からスペシャルな存在だった。
佐野海舟は1年生の時から米子北高等学校のレギュラーとして活躍。3大会連続で選手権の舞台に立ち、ベスト8入りを経験している。
佐野のプレースタイルといえば、圧倒的な走力とボール奪取力、そして前線に顔を出す際の推進力が挙げられる。
これらの長所は米子北高等学校で1年生にしてレギュラーの座を掴んだ頃からすでに発揮されており、佐野はプロの世界から熱視線を浴びるようになっていく。
選手権で最高成績を収めたのは、2年生の時に出場した第96回大会だった。
完全にチームの“顔”となっていた佐野は、ボランチとして攻守のバランスを掌握。1つ1つのプレーは高校生とは思えないほどの正確さを伴い、準々決勝まで勝ち進んだチームの原動力となった。
同大会で初優勝を飾ることになる前橋育英高等学校に0-3で敗れて惜しくも準決勝進出はならなかったが、佐野は当然の如く優秀選手に選出されている。
だが、高校生最後の選手権となった第97回大会では屈辱も味わっている。
米子北高等学校は初戦を突破したものの、続く2回戦では福井県立丸岡高等学校に0-1で敗戦。選手権優勝に手が届かないまま、佐野の高校サッカー生活は終わりを告げている。
ただ、選手権で活躍した佐野がプロ入りの権利を勝ち取り、後に日本サッカー界を代表するほどの選手になったという事実が、サッカーに夢を懸ける高校生たちのロールモデルとなるのは間違いない。

