ストライカーにとって、選手権は“記憶に残る舞台”になりやすい。ゴールで英雄になれる一方、外せば敗者にもなってしまう――その残酷さが、成長の燃料になることもある。小川航基は高校最後の選手権で圧倒的な得点力を示しながら、PK失敗という痛恨も味わった。だからこそプロで磨かれ、いま森保ジャパンの主力級FWとして結果を残す姿は、全国の高校生にとって最高のロールモデルだ。[4/5ページ]
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FW:小川航基(おがわ・こうき)
生年月日:1997年8月8日
所属クラブ:NECナイメヘン(オランダ)
出身高校:桐光学園(神奈川)
選手権最高成績:3回戦進出
“超高校級ストライカー”と称された小川航基は、高校サッカー界でも一際目を引く選手の1人だった。
後に森保ジャパンのゴールゲッターとなる男は、高校時代からスペシャルな存在として認知されていたと言える。
第92回大会にて、小川は1年生ながら2試合に出場。しかし、この時はまだ本格覚醒の前段階であり、無得点のまま大会を終えている(3回戦で三重県立四日市中央工業高等学校に0-1で敗戦)。
2年生の時には選手権出場自体を逃したが、3年生になるとラストチャンスの機会が回ってくる。
キャプテンとなっていた小川は、神奈川県2次予選決勝戦で殊勲の2ゴールをマーク。チームを2年ぶり9回目となる選手権へ導いたのだった。
全国の舞台で、小川は大会No.1ストライカーと目されていた。2回戦の長崎南山高等学校との試合ではPKを含む2ゴールをマーク。続く3回戦では強豪の青森山田高等学校と相対することになった。
小川はここでも2ゴールを挙げたが、決めればハットトリック達成となるPKを外してしまう。
すると、チームは試合終了間際の80+5分に同点弾を許してPK戦に引きずり込まれる形に。5人目のキッカーを務めた小川はここでもキックを外してしまい、チームは4-5でPK戦を落とした。
大会を通して4得点を挙げた小川は、得点ランキング2位タイにランクインした。だが、自身のミスで高校サッカー生活が終わりを告げてしまったのは、当時の小川にとって痛恨の極みだっただろう。
プロ入り後、小川はジュビロ磐田や横浜FCなどで活躍し、2023年7月からはNECナイメヘン(オランダ)でプレー。
森保ジャパンでも頼れるスコアラーとして重宝されるようになり、“超高校級ストライカー”という触れ込みが伊達ではなかったことを証明している。

