
Jリーグ 禁断移籍5選【写真:Getty Images】
これまで、Jリーグの移籍市場において話題となった取引がいくつもあった。その歴史を紐解くと、全ての移籍が必ずしも歓迎ムードの中で行われたわけではないことが分かる。今回は、波紋を呼んだ“禁断の移籍”を5つピックアップして紹介する。※データは『Transfermarkt』『Jリーグ公式サイト(J1.LEAGUE STATS)』を参照[5/5ページ]
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FW:興梠慎三(こうろき・しんぞう)

2013年時代の興梠慎三【写真:Getty Images】
生年月日:1986年7月31日
移籍先:鹿島アントラーズ→浦和レッズ(2013シーズン)
移籍日:2013年1月4日
最初に、興梠慎三が最悪なタイミングで移籍を断行および、かつて所属したクラブに不義理をはたらいたわけではないことを明記しておきたい。
2012シーズン限りで鹿島との契約を満了した男は、2013シーズン開幕前に浦和レッズへ加入した。
鹿島サポーターは、Jリーグ創世記からしのぎを削ってきた“オリジナル10”のライバルクラブへと去っていった絶対的エースをどのような思いで見送ったのだろうか。
鵬翔高等学校を卒業後、興梠は2005シーズンに鹿島へと加入した。当時はマルキーニョスと柳沢敦が2トップに君臨しており、なかなか継続的な出番はもらえなかったが、短い出場時間でも存在感を発揮した。
2008シーズンには前年に退団した柳沢の背番号「13」を継承すると、翌2009シーズンは大一番でゴールを決める勝負強さを見せ、常勝・鹿島を前人未踏のリーグ3連覇に導いた。
だが、時は流れて興梠の立場に変化が生じる。2012シーズンは若き大迫勇也が1トップとして起用されるようになり、本職ではないサイドハーフでの出場を余儀なくされるようになった。
加えて同シーズンは鹿島が不振にあえぎ、リーグ戦終盤までJ1残留を決められず。興梠との契約延長交渉も進まず、クラブに数々の栄冠をもたらしたストライカーは結局シーズン終了後に退団のはこびとなった。
2013年1月、興梠は浦和に完全移籍で加入した。
契約満了後の移籍であり、鹿島サポーターに強烈な憎しみの念が宿ることはなかったのかもしれないが、それでもJ1優勝を争う直接的なライバルへの加入に複雑な感情を持った人は少なくなかっただろう。
浦和加入後も稀代のゴールハンターで在り続けた興梠は、通算在籍期間と得点数で鹿島時代を上回る成績を残している。2017シーズンは20得点をあげ、福田正博以来、同クラブに所属した日本人選手2人目の快挙を達成した。
北海道コンサドーレ札幌への移籍を挟んだのち、38歳の誕生日を迎えた2024年7月31日に2024シーズン限りでの現役引退を発表。SNS上には鹿島サポーターからもねぎらいの言葉が多く寄せられた。
【著者プロフィール:編集部】
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