ユース時代に才能を高く評価され、プロの舞台での活躍も間違いないと期待された選手が多くいる。しかし、そういった才能の持ち主でも、ケガやプレッシャーに苦しみ、大成しなかった者は少なくない。今回はJリーグの育成組織で期待を集めながら、才能を発揮しきれなかった選手を紹介する。※成績は『Transfermarkt』を参照。[3/5ページ]
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MF:伊藤優汰(いとう・ゆうた)
生年月日:1992年9月18日
主な在籍クラブ:京都サンガF.C.、アルビレックス新潟、カターレ富山
伊藤優汰は、京都サンガF.C.のアカデミーで育ち、その切れ味鋭いドリブルで観衆を魅了した選手だった。
ジュニアユースから京都で育った伊藤は、サッカーU-16日本代表経験もあるドリブラーで、右サイドから相手守備網を単独で切り裂くプレースタイルは、観る者の目を釘付けにし、京都の未来を背負う逸材として将来を熱烈に嘱望された。
2011年にトップ昇格を果たすと、ルーキーイヤーからJ2で20試合に出場。卓越した個の力はプロの舞台でも通用することを証明し、順風満帆な滑り出しを見せた。
しかし、プロのキャリアは平坦ではなかった。2年目以降は出場機会が減少し、2013シーズンは愛媛FCへの期限付き移籍でも結果を残せず苦戦した。
京都復帰後の2015シーズンにはJ2で29試合に出場して4ゴールを記録。再び評価を高めた伊藤は、2016年にアルビレックス新潟への完全移籍を勝ち取り、念願のJ1挑戦を果たした。
しかし、その挑戦の途上で非情な運命が彼を襲う。
シーズン中に左膝前十字靭帯損傷という大ケガを負い、長期離脱を余儀なくされたことで、キャリアの歯車が狂い始めた。
復帰後もかつてのキレを完全に取り戻すことは難しく、度重なる別の箇所の負傷にも悩まされた。新潟での3年間でリーグ戦出場は計29試合にとどまり、2019年にJ3のカターレ富山へ移籍している。
再生を期したが、かつての輝きを完全に取り戻すには至らず、同年終了後に27歳の若さで現役引退を決断した。
現在は、R.W.Sドリブル塾というサッカースクールで京都・滋賀支部の代表を務めている。

