ユース時代に才能を高く評価され、プロの舞台での活躍も間違いないと期待された選手が多くいる。しかし、そういった才能の持ち主でも、ケガやプレッシャーに苦しみ、大成しなかった者は少なくない。今回はJリーグの育成組織で期待を集めながら、才能を発揮しきれなかった選手を紹介する。※成績は『Transfermarkt』を参照。[4/5ページ]
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MF:柳澤隼(やなぎさわ・じゅん)
生年月日:1987年6月27日
主な在籍クラブ:柏レイソル、サガン鳥栖
柳澤隼は、柏レイソルのアカデミーが生んだ、正真正銘のエリートだ。
小学4年生から柏の下部組織一筋でプレーし、1999年の全日本少年サッカー大会で準優勝、2002年には日本クラブユース選手権(U-15)で優勝するなど、輝かしい実績を重ねた。
U-14から各年代別のサッカー日本代表の常連でもあり、2005年には内田篤人や槙野智章らと共にU-18日本代表に選出されるなど、その才能は疑いようのないものだった。
高校3年時に2種登録でJ1デビューを果たすと、翌2006年にトップチームへ正式昇格した。
これはクラブ史上初めて「レイソルジュニア(U-10)からトップチームまで昇り詰めた選手」という快挙であり、サポーターから「柏の至宝」として一身に期待を集めた。
しかし、プロとしてのキャリアはケガに苦しめられた。
ルーキーイヤーの5月に左膝外側半月板損傷という重傷を負い、約3カ月の離脱を強いられるなど、度重なる負傷離脱によりコンディションが整わず、2009年までの在籍でリーグ戦出場はわずか3試合にとどまった。
2010年にJ2のサガン鳥栖へ移籍し10試合に出場したが、翌2011シーズンは1試合の出場に終わり契約満了となった。
その後はFC岐阜のセカンドチームやアスルクラロ沼津、MIOびわこ滋賀(現・レイラック滋賀FC)と、JFLなどのカテゴリーで現役を続け、2017年にユニフォームを脱いだ。

