8日に行われた明治安田J1百年構想リーグ地域リーグラウンド第1節、アビスパ福岡対ファジアーノ岡山は、1-1で90分を終え、PK戦を福岡が制した。昨季リーグ戦25試合に出場した工藤孝太は、岡山の3バックの一角に入った。相手から恐れられるようなDFになるために。工藤は闘志あふれるプレーで岡山を支える。(取材・文:難波拓未)[2/2ページ]
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立田悠悟は言う。「かなり意識してやってくれていた」
「昨シーズン序盤は釣り出されることが早くて。(自分で)全部を守ろうとしすぎて、そうなっているイメージだった。でも今は自分のポジションに先に戻ってから(対応している)。昨年から結構言うようにしてきたんですけど、そこをすごく意識してやっているなと思う。
彼も(3バックの右でJ1デビューした)大森(博)選手もそう。(個人の)能力が高いから全部を(自分で)守れちゃうんですけど、そうしようとすると(試合では)守れなくなっちゃう部分も出てくるので。
守備は基本的にリアクションですけど、『ここに(クロスやパスを)出してこいよ』みたいな感覚でやりたいよねという話はしているので。その辺に関しては、工藤も大森選手もかなり意識してやってくれていたと思います」(立田悠悟)
78分にはFKの流れから大学3年生で特別指定のMF前田快にスーパーゴールを決められ、同点に追いつかれた。それでも、集中力を切らすことなく追加点を与えないまま1-1で90分が終了。大会レギュレーションによりPK戦に突入した。
PK戦に勝利すれば勝点2と賞金400万円、敗北すれば勝点1と賞金200万円が獲得となる。
互いに最初の1人が失敗した後は成功が続き、キッカーはサドンデスで7人目へ。先攻の福岡が成功させたことで、後攻の岡山は成功が必須。緊張感のある状況で、3バックの左で90分をタフに戦った工藤がキッカーを務めた。
ゆっくりとペナルティースポットに歩み寄り、GK濵田太郎からボールを受け取る。丁寧に両手でボールを置いた。主審が覗くようにボールの位置を確認してくる。もう一度、置き直す。
右斜めにゆっくりと下がり、息を吸って吐く。GK小畑裕馬の動きを確認後、4歩の助走から左足を振った。ボールが右上に飛んだ。小畑も同じ方向に飛ぶ。だが、そのダイビングは低い。決まったか。いや、スタジアムに金属音が響く。
ボールは無情にもクロスバーを叩き、跳ね返り、PA外に転がっていった。工藤のPKは失敗となった。
両手で頭を抱え、その場から動くことができない。一方、勝利した福岡の選手たちが出走馬のごとく小畑のもとに駆け出していく。まさに光と影。ピッチにはコントラストが如実に現れた。
膝に両手を当て、一度下を向く。そこから顔を上げ、チームメイトのもとに戻ろうとした時だった。江坂から腕章を引き継いだ立田が駆け寄ってきた。後ろから背中をそっと押してくれた。
昨年とは違う工藤孝太の姿「責任はすごく感じていますけど…」
「悠悟くんは、こういう時期や瞬間に毎回、助けてくれる選手なんで、すごくありがたいです。『今日の試合中のプレーは良かったから気にするな』と直接言ってくれました」
立田は、「自分は(PKを)蹴っていないんで、蹴ってくれた選手への感謝というか。やれることを探した上での行動だった。別に大した行動ではないと思うけど」と背番号2を託した後輩への行動に謙遜していた。
「責任はすごく感じていますけど、まずは(90分の)試合で失点をゼロに抑えたり、1点じゃなくて2点目を取ったりという部分で貢献することを考えながら。今度もPKはあると思うので、これ以上チームに迷惑を掛けないように練習していきます」と、工藤が試合後に気持ちを切り替えることができた要因の一つと言っていいだろう。兄のように、師匠のように慕う先輩からの励ましが闘争心の炎を消させなかった。
もっとも、昨シーズンの序盤には敗北に繋がる失点に関与した試合後の受け答えには悲壮感が漂っていたが、今回は違った。決して声色は明るくないものの、質問に答える言葉には力強さを感じ、真っ直ぐな瞳と目が合う。昨季にJ3からJ1へジャンプアップし、背伸びをしながら、もがきながら、積み上げてきたものが自らを支えてくれているのだろう。
次節はサンフレッチェ広島との「中国ダービー」だ。隣県に乗り込んで戦う。昨シーズンはJ1アウェイ初勝利を収め、チームは「J1でやれる」という自信を得た。工藤自身もフル出場で勝利に貢献している。
「自分が出て、しっかりと守って、なおかつ点を取る。そういう意識で毎試合やっていきたいと思っているので、自分にプレッシャーを掛けながらやっていきたい」
工藤孝太は、もう逃げない。“一度きりの半年間”で2025年を凌駕する成長を示し、恐いDFになるためには立ち止まってはいられない。
著者プロフィール:難波拓未
2000年4月生まれ。岡山県出身。8歳の時に当時JFLのファジアーノ岡山に憧れて応援するようになり、高校3年生の夏からサッカーメディアの仕事を志す中、大学在学中の2022年からファジアーノ岡山の取材と撮影を開始。2024年からは同クラブの公式マッチデープログラムを担当し、現在は様々な媒体にも取材記事を寄稿している。メディア人として東京での2年間の育成型期限付きを経て、2026年から地元・岡山でフリーランスとして活動。モットーは、「魂を込めて、クラブや選手の魅力を伝える」こと。
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