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アフリカの消えた逸材5人。天国から地獄へ…表舞台から姿を消したかつての天才たち

シリーズ:消えた逸材5人 text by 編集部 photo by Getty Images


アフリカの消えた逸材たち【写真:Getty Images】



 若くして才能を披露して高く評価された選手が、そのままスター選手として活躍し続ける保証はない。怪我やプレッシャーに苦しみコンディションを落とす選手がいれば、ピッチ外での問題で活躍の場を失っていく選手も多い。今回は大きな期待を背負いながらも、大舞台から姿を消した5人のアフリカ人選手を紹介する。[5/5ページ]
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MF:エマニュエル・フリンポン

エマニュエル・フリンポン
アーセナルなどでプレーしたエマニュエル・フリンポン【写真:Getty Images】



生年月日:1992年1月10日
主な在籍クラブ:アーセナル、ウォルバーハンプトン、フラム
現所属クラブ:現役引退

 ガーナの大都市クマシに生まれているが、早くにロンドンのトッテナムへ移住。その後アーセナルに才能を見出されたことで、ジャック・ウィルシャーらと共に9歳で同クラブのユースチームに加入している。

 そんなエマニュエル・フリンポンのサッカーへの情熱は強く、トッテナムにあるグレイズモア・コミュニティスクールを14歳になると退学。アーセナルでのプレーだけに集中したのである。

 しかし、フリンポンのキャリアは思っていたほど輝かしいものにはならなかった。



 2011年にトップチーム昇格を掴み、同年8月には公式戦デビューも果たしたが、以降はなかなか出番が増えず。年明けの2012年冬にはプレータイムを求めてウォルバーハンプトンにレンタル移籍するも、新天地で前十字靭帯を負傷したことで早々にアーセナルへ復帰。そのままピッチに戻ることなくシーズンを終えた。

 トップ昇格1年目をほぼ棒に振ったフリンポンは、翌2012/13シーズンに2度レンタルを経験する。1回目はチャールトン、2回目はフラムだった。

 ただ、いずれも不発に終わり、2013/14シーズン途中にバーンズリーへ売却され、下部組織時代を過ごしたアーセナルから離れることになった。

 以降はロシア、スウェーデン、キプロスでプレーするも活躍できず、2018年には無所属に。そして翌年、27歳という若さで現役引退を決断している。

 長年膝の怪我に悩み、サッカーを心から楽しめなくなったことが理由と自身のSNSに記していた。

 ちなみにフリンポンは2018年、キプロスでプレーしていた際に、苦悩を味わったアーセナルでとくに嫌いだった人物がいたことを明らかにしている。

 それが、サミル・ナスリだ。

 2011/12シーズンの第2節リバプール戦で退場した若手のフリンポンに対し、試合後にナスリは「お前のせいで負けたんだ」と言ってきたことがあったよう。

 そうしたこともあり、以来フリンポンはナスリのことが「本当に好きになれない」のだそうだ。

【著者プロフィール:編集部】
国内外のサッカーを専門に取材・執筆・企画する編集チーム。戦術分析、ニュース報道、コラム制作からデータリサーチまで、各分野のスペシャリストが在籍しており、欧州主要リーグ、サッカー日本代表、Jリーグはもちろん、女子サッカーや育成年代まで幅広いテーマをカバーする。現地取材で得たリアルや、データを活用したユニークなコンテンツなど、読者に“今、本当に知るべきサッカー情報”を届けることを使命とし、読者に寄り添い、サッカーをより深く、より立体的に楽しめるコンテンツづくりを目指している。
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【了】

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