東京ヴェルディに所属するDF深澤大輝は、今季より背番号を「23」へと再変更している。もともと変える気はなかったそうだが、なぜこのタイミングで23番を背負うことを決めたのだろうか。そして、この番号に抱く特別な思いとは。(取材・文:白谷遼)[1/2ページ]
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深澤大輝が背番号を変えた理由
21日のFC町田ゼルビア戦で、劇的な同点弾からPK戦で勝利をもぎ取った東京ヴェルディ。
この日、左ウィングバックで先発したDF深澤大輝は、前半終了間際のDF林尚輝の負傷交代により、一時的にセンターバックの中央を任され、後半途中からは3バックの左でプレーした。
複数のポジションを高いレベルでこなし、チームの危機を救う背番号23の姿は、かつて同じ番号を背負ったレジェンドの姿と重なった。
昨季はクラブの事情で背番号「2」を着用した深澤は、明治安田J1百年構想リーグが開幕するにあたり、プロ1年目の2021シーズンに背負った「23」に背番号を戻した。
昨年の年末ごろに、キャプテンのMF森田晃樹に会った際、背番号を「10」に変更するという話を聞いた深澤。当初は背番号を変えようとは思っていなかったが、森田の新シーズンへの覚悟を強く感じ、自らも背番号を変えてみようと考えた。
深澤にとって、背番号23は特別な番号だ。この番号は、2014年から2019年までヴェルディに在籍した田村直也氏が着用していた。
ヴェルディのアカデミー、中央大を経てプロの道へと歩みを進めた田村氏と同じ軌跡をたどる深澤は、古巣に加入して背番号を選ぶ際に、本人から「背番号23を付けてほしい」と背番号の継承を任された。
田村直也から学んだ大事なことから学んだ大事なこと
今もあの日を覚えているという深澤は、今季の始動前に「初心を忘れない」という想いを胸に、「田村さんに『付けて欲しい』と言ってもらった番号で、J1の舞台を戦う」と覚悟を固め、背番号を戻した。
田村氏は現役時代、ボランチを主戦場としながらも、両サイドバックやセンターバック、さらには攻撃的MFもこなすユーティリティプレーヤーとして活躍。ヴェルディでは公式戦通算164試合に出場した。
深澤はアカデミー在籍時から、トップチームでどこのポジションで起用されても持ち前の守備力とキックの精度を遺憾なく発揮する田村氏のプレーを見ており、常に意識する存在だった。
深澤が大学生のときに、ヴェルディの練習に参加する機会があった。そこで目の当たりにした光景が、同選手のサッカーに取り組む姿勢の原点にもなっている。
「練習に参加したときに、(田村さんが)頭からブロックに行っていて、『これができなくなったら引退する!』とおっしゃっていました。
トレーニングからそういう姿勢でやっていないと、ゲームのいざという時に出ないと思います。毎日の大切さや、一日の練習にかける思いは、練習生として来たときに学びました」
また深澤は、田村氏と同じマルチプレーヤーとして、課題を感じつつ、憧れの先輩の背中を追っている。
「タムさん(田村氏)のユーティリティ性は見習わなくちゃいけない。どこでもできる選手は賢くなくちゃできないし、走れなくちゃできないし、戦わなくちゃいけない。
ウィングバックだったら、自分の走力を生かすところ、センターバックだとより考えて守備のポジション取りはもっとやらなければ」
柏レイソル戦でのショッキングなミス
今月15日に行われた柏レイソル戦で深澤は、DF宮原和也の前日のアクシデントによる不在で、急きょ3バックの左で先発した。
キャンプの練習試合から左ウィングバックで起用され、センターバックでのプレーは久しぶりだった。
この試合では、柏のDF山之内佑成に何度も左サイドを突破されて決定機をつくられるも、深澤らディフェンス陣が身体を張ってゴールを死守。
だが33分、深澤はGKへバックパスを試みるも、バウンドしたボールが左ひざに当たってしまい、痛恨のスリップ。プレッシャーをかけたMF小泉佳穂がボールを奪い、そのまま左足でゴールネットを揺らした。
ヴェルディのアカデミー・中央大で同期の柏MF大久保智明は「あいつのミスで得点したとき、あまり喜べなかった」と、対戦相手ながらも、親友のショッキングなミスを見て胸が締め付けられた。



