長い歴史を持つ鹿島アントラーズは、これまで多くの選手を獲得してきた。では、その中でもとくにお金がかかった選手は誰なのだろうか。今回は、鹿島の歴代移籍金をランキング形式で紹介しつつ、選手たちが金額に見合った活躍ができていたかなどを振り返る。※本記事はデータサイト『transfermarkt』をもとに作成しています。[4/5ページ]
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7位:ファビオ・ジュニオール
生年月日:1977年11月22日
移籍日:2004年1月1日
前所属クラブ:アトレチコ・ミネイロ(ブラジル)
移籍金:150万ユーロ(約2.7億円)
鹿島アントラーズの高額移籍金ランキングで7位にランクインしたのは、元ブラジル代表の大型ストライカー、ファビオ・ジュニオールだ。
アトレチコ・ミネイロからの移籍に際し、鹿島は約150万ユーロ(約2.7億円)を投じたが、この投資はクラブにとって苦い経験となった。
ファビオ・ジュニオールの経歴は本来、輝かしいものだった。
1998年にブラジルのクルゼイロで18ゴールを挙げてブレイクすると、20歳でセレソンデビュー。1999年には約1350万ユーロ(約24億3000万円)の高額移籍金でイタリアのASローマに引き抜かれ、ブラジルでも将来を嘱望されるアタッカーだった。
しかし、欧州での飛躍に苦戦していると、2004年に当時のトニーニョ・セレーゾ監督が獲得を熱望したという背景もあり、決定力不足解消の切り札として加入した。
しかし、鳴り物入りで日本のピッチに立った元セレソンFWは、Jリーグのサッカーに適応しきれなかった。
開幕から辛抱強くスタメン起用されたものの、この年のファーストステージ10試合で無得点に終わった。
パフォーマンス自体も冴えず、夏場以降はベンチ外となる試合も増え、最終的にJ1リーグ戦では13試合に出場してわずか1ゴールという寂しい結果に終わった。
その後のキャリアではブラジル2部で得点王争いをするなど、ストライカーとしての能力自体は証明している。
約2.7億円という移籍金は、かつての「24億円の男」としてはお買い得に見えたが、環境適応の難しさを象徴する移籍オペレーションとして、歴史に刻まれることとなった。

