フットボールチャンネル

フォーカス 4時間前

一体なぜ? スペイン代表では輝けなかったレジェンド5人。定着できなかった名手たち

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images


一体なぜ? スペイン代表では輝けなかったレジェンド5人【写真:Getty Images】



 数々のタイトルを獲得してきたスペイン代表には、常に世界最高峰の才能が集ってきた。その一方で、クラブレベルでは伝説的な実績を残しながらも、輝く機会に恵まれなかった名手たちも存在する。なぜ彼らは代表に定着できなかったのか。今回は5人の選手をピックアップして紹介する。[5/5ページ]
——————————

MF:ラウール・ガルシア

ラウール・ガルシア
アトレティコ・マドリードで活躍したラウール・ガルシア【写真:Getty Images】



生年月日:1986年7月11日
主な所属クラブ:アトレティコ・マドリード、アスレティック・ビルバオ
スペイン代表成績:2試合0ゴール0アシスト

 アンドニ・スビサレッタ、ホアキン・サンチェスに次ぐ、ラ・リーガ歴代3位となる通算609試合出場という偉大な記録を打ち立てたラウール・ガルシア。

 長きにわたり第一線で戦い続けた正真正銘のレジェンドでありながら、ラ・ロハ(スペイン代表の愛称)とは縁の薄いキャリアを歩んだ選手でもある。

 牛追い祭りで知られるナバラ州パンプローナ出身のラウール・ガルシアは、地元クラブであるオサスナのカンテラ(下部組織)で育ち、2004年10月のバルセロナ戦でトップチームデビューを果たした。

 翌シーズンには早くも主力に定着し、チームを牽引。05/06シーズンのリーグ4位躍進、さらに06/07シーズンのUEFAカップベスト4進出の立役者となり、「パンプローナのジダン」と称されるまでに評価を高めた。

 その活躍を受けて2007年夏にアトレティコ・マドリードへ移籍。当初は中盤の選手として起用されていたが、ディエゴ・シメオネ監督の下で役割を変え、前線で身体を張るセカンドストライカーへと変貌を遂げ、クラブ黄金期を支える存在となった。

 さらに2015年夏にはアスレティック・ビルバオへ移籍。以降9シーズンにわたりプレーし、経験と勝負強さでチームを牽引した。



 23/24シーズンにはクラブにとって40年ぶりとなるコパ・デル・レイ制覇を成し遂げ、キャリア晩年においても歴史的タイトルの中心人物として名を刻んでいる。

 これほどの実績を積み重ねながら、スペイン代表での出場はわずか2試合にとどまった。

 この2試合でラウール・ガルシアが起用されていたのは3トップの右ウイング。当時はダビド・シルバが絶対的な地位を築き、さらにペドロ・ロドリゲスらも控えるなど、ポジション争いは世界屈指の激しさだった。

 プレースタイルの異なる存在として一定のオプションになり得たものの、当時代表を率いていたビセンテ・デル・ボスケ監督の信頼を完全に掴むには至らなかった。

 小柄で技巧派の選手が揃ったラ・ロハにおいて、184cmの体格を活かした空中戦の強さと泥臭さ、そして確かな足元を兼ね備えたラウール・ガルシアは異質な存在だったとも言える。

 だからこそ、その個性が代表の中でどのように機能したのか、一度は見てみたかったと思わせる選手でもあった。

【著者プロフィール:編集部】
国内外のサッカーを専門に取材・執筆・企画する編集チーム。戦術分析、ニュース報道、コラム制作からデータリサーチまで、各分野のスペシャリストが在籍しており、欧州主要リーグ、サッカー日本代表、Jリーグはもちろん、女子サッカーや育成年代まで幅広いテーマをカバーする。現地取材で得たリアルや、データを活用したユニークなコンテンツなど、読者に“今、本当に知るべきサッカー情報”を届けることを使命とし、読者に寄り添い、サッカーをより深く、より立体的に楽しめるコンテンツづくりを目指している。
Xアカウント:@foot_ch
インスタグラムアカウント:foot_ch

【関連記事】
使いません!? 日本人選手を干した名監督6人
大失敗…。海外からあっという間に帰国した日本人選手5人
大炎上…。日本人に嫌われた外国人選手5人


【了】

1 2 3 4 5

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!