井端弘和率いる侍ジャパンは、大会連覇を目指してワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に臨んでいる。もしこの国にJリーグがなく、彼らがバットを手に育っていたら、侍のユニフォームを着ていたのではないか――。今回は、そんな「野球選手になっていたかもしれない」サッカー選手をピックアップして紹介する。[4/5ページ]
——————————
DF:大岩一貴(おおいわ・かずき)
生年月日:1989年8月17日
所属クラブ:レノファ山口FC
2025シーズン限りで長年支えた湘南ベルマーレを離れ、新天地のレノファ山口FCへと戦いの場を移した大岩一貴。彼もまた、Jリーグ創設25周年の記念アンケートにおいて、「Jリーグがなかったらなっていた職業」に「プロ野球選手」を挙げた一人だ。
大岩は地元・名古屋のクラブチームから、サッカーの強豪・中京大学付属中京高等学校に進学。中央大学を経て、2012年にジェフユナイテッド千葉でプロ入りを果たした。
U-23日本代表経験も持つ、プロ通算400試合以上に出場してきた歴戦のDFである。
182cmの体躯を活かした屈強な対人守備と、チームを牽引するリーダーシップは大岩の真骨頂だ。
もし彼が野球の道を選んでいたならば、その適性は「扇の要」であるキャッチャーとして開花していたのではないだろうか。
一球ごとに意図を汲み取り、冷静なリードと的確な守備位置の指示でチームを鼓舞する姿は、ピッチの最後方から声を張り上げ、組織を統率する今の姿と重なる。
また、このアンケートで大岩は、野球選手と並んで「学校の先生」という選択肢も挙げていた。その理由は「両親が教員なので、漠然と意識はしていた」という家庭環境にある。
もっとも、大岩にとって「Jリーグがなかったら」という問いは、あくまで仮定の話に過ぎないのかもしれない。
2021年、湘南の公式YouTubeチャンネルのインタビューで大岩は、「物心ついたときから、サッカー選手になりたいという気持ちはブレなかった」と語っていた。
サッカー選手になるという一途で強い意思があったからこそ、夢の舞台にたどり着き、いまもなおサッカー界の第一線で戦い続けているとも言えそうだ。

