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コラム 21時間前

指笛から歓声へ。なぜグリーズマンは再び愛されたのか。アトレティコ・マドリードで信頼を取り戻した理由【コラム】

シリーズ:コラム text by 佐藤彰太 photo by Getty Images,Editor

アトレティコ・マドリード、アントワーヌ・グリーズマン
アトレティコ・マドリードのアントワーヌ・グリーズマン【写真:Getty Images】



 アトレティコ・マドリードは、コパ・デル・レイ準決勝でバルセロナを2戦合計4-3で下し、13シーズンぶりの決勝進出を果たした。かつて“裏切り者”のレッテルを貼られたアントワーヌ・グリーズマンは、再び赤白のシャツをまとい、タイトル獲得のチャンスを手にしている。アメリカ移籍の噂もささやかれる中、彼は愛するクラブでどんな結末を描くのだろうか。(文:佐藤彰太)[2/2ページ]
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紆余曲折を経て再び愛される存在に

アトレティコ・マドリード、アントワーヌ・グリーズマン
ディエゴ・シメオネ監督と抱擁するアントワーヌ・グリーズマン【写真:Getty Images】

 グリーズマンがボールを持つたびにスタンドから響いていた指笛は、やがて拍手と歓声へ変わり、コルチョネロスは再び彼を讃えるようになった。

 オーストラリアの人気ロックバンド、AC/DCの「Thunderstruck」とともにアナウンスされるお馴染みのスタメン発表でグリーズマンの名前がコールされると、今やひときわ大きな歓声がスタジアムに響くほどだ。

 こうした紆余曲折を経て、再びアトレティコのアイドルとして躍動するグリーズマン。そう遠くない将来に訪れるかもしれない別れを覚悟しているファンもきっと少なくないだろう。

 34歳となった今、全盛期のスピードで相手を置き去りにする場面は減ったかもしれない。

 それでも献身的にピッチを動き回り、卓越した状況判断とインテリジェンス溢れるプレーでチームを牽引。スタイルを少しずつ変化させながらも、ラ・リーガトップのレベルを維持している。



 チーム内で築き上げた絶対的な地位は、もはや揺るぎないものだ。

 1966年の開場から約50年にわたって使用されたビセンテ・カルデロンを離れ、メトロポリターノへと戦いの場を移した2017年9月のマラガ戦。こけら落としとなった一戦でグリーズマンは記念すべき初ゴールを決め、スタジアム全体を歓喜の渦に包んだ。

 また、ラ・リーガでは歴代4位となる554試合の出場を誇り、アトレティコで挙げたゴールは現在までに211を数える。

 これは、クラブのレジェンドであるルイス・アラゴネスが記録した159ゴールを大きく上回る数字だ。

 これほどまでのインパクトを残しながらも、アトレティコでのタイトルにはなかなか恵まれなかった。

 しかし、今、ロヒ・ブランコス(アトレティコの愛称)の選手として栄光を手にする、またとないチャンスがこのタイミングで巡ってきたのである。

プロキャリアの原点との運命のファイナルへ

アトレティコ・マドリード、アントワーヌ・グリーズマン

アトレティコ・マドリードのアントワーヌ・グリーズマン【写真:Getty Images】

 奇しくも決勝の相手は、グリーズマンがプロキャリアをスタートさせたレアル・ソシエダに決まった。

 ソシエダといえば、小柄な体格が原因でフランス国内クラブの入団テストに落ち続けていた彼に、手を差し伸べた縁の深いクラブでもある。

 10日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)ラウンド16ファーストレグ、トッテナム・ホットスパー戦を5-2で快勝した試合後、グリーズマンは『Movistar』のインタビューで「最後までここにいる。(コパ・デル・レイのタイトルは)私の夢であり目標。素晴らしい結果を残せることを願っている」と語り、今シーズン終了までチームに残る意思を明言した。



 4月18日、セビージャのエスタディオ・デ・ラ・カルトゥハで行われる決勝で、ロヒ・ブランコスは歓喜の瞬間を迎えることができるのか。

「Nunca dejes de creer(信じることをやめるな)」

 アトレティコが掲げる不屈の精神を胸に、グリーズマンはクラブ通算11度目のコパ・デル・レイ制覇へと挑む。

(文:佐藤彰太)

【著者プロフィール:佐藤彰太】
1997年兵庫県生まれ、広島育ち。2025年よりフットボールチャンネル編集部に所属。2011-12シーズンのUEFAヨーロッパリーグ決勝でラダメル・ファルカオのプレーに心を奪われて以来、アトレティコ・マドリードのファンとなり、そこからラ・リーガの世界に深く魅了される。これまでの現地観戦は恐らく30試合以上に及ぶ。現地での交流を通じて、ラ・リーガ複数クラブと関係を築き、元アルゼンチン代表MFエベル・バネガと食事を共にしたほか、元スペイン代表DFセルヒオ・ラモスとも親交を深めるに至った。なお、スペインの空気を吸った瞬間に人格が変わると周囲から評されており、前世はスペイン人であることが有力視されている。

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【了】

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