
現役JリーガーとしてW杯に出場したレジェンド【写真:Getty Images】
Jリーグではこれまで多くの外国人選手が活躍してきた。そこには、FIFAワールドカップ(W杯)という大舞台に臨む代表メンバーに名を連ねるほどの実力者もいた。今回は、Jリーグクラブ在籍中にW杯へ臨んだ大物選手をピックアップして紹介する。※母数の多い韓国国籍やオーストラリア国籍の選手は対象外とする[2/5ページ]
MF:ドラガン・ストイコビッチ

名古屋グランパス時代のドラガン・ストイコビッチ【写真:Getty Images】
生年月日:1965年3月3日
W杯出場時の所属クラブ:名古屋グランパスエイト(現:名古屋グランパス)
出場大会:1998 FIFAワールドカップ
代表チーム:ユーゴスラビア代表
大物外国人選手が続々と到来していたJリーグ創世記において、ドラガン・ストイコビッチほど観客を魅了した選手はいなかったかもしれない。
豪雨の中でのリフティングドリブル、カードを奪って主審に突き付けた“逆イエローカード事件”など話題に事欠かなかったが、“ピクシー”と呼ばれた男が見せた魔法は極上だった。
1994年1月、ストイコビッチは名古屋グランパスエイト(現:名古屋グランパス)へ加入。類まれなスキルで相手を翻弄するファンタジスタの面と、直情的で度々退場処分を受ける面を併せ持ち、常に人々の目を惹きつける存在だった。
名古屋在籍当時、ユーゴスラビア代表は内戦の制裁措置として国際大会への出場を禁じられていた。
ストイコビッチは選手として最も脂の乗っていた時期に主要大会から締め出されていたのである。
だが、1994年12月には制裁措置が一部解除に。33歳になった“ピクシー”は、名古屋所属の選手として1998 FIFAワールドカップ(W杯)に臨むことになった。
グループステージを2勝1分で勝ち抜いたユーゴスラビア代表の中心には、間違いなくストイコビッチがいた。
“東欧のブラジル”と称されたチームは、ストイコビッチのテクニックと創造性、卓越した戦術眼によって、世界の大舞台で光り輝いた。
オランダ代表に1-2で敗れて残念ながらベスト16敗退となったものの、W杯におけるストイコビッチのラストダンスは多くのファンの胸を打ったに違いない。