3月の英国遠征でスコットランド代表、イングランド代表を撃破したサッカー日本代表。歴史的快挙となった一方で、チームが目指すFIFAワールドカップ26優勝という目標を鑑みたとき、この2試合のプロセスの検証は必須となる。日本代表を現場で取材し続けるスポーツライターのミムラユウスケが、森保一監督とのやり取りから問題の本質を探る。(取材・文:ミムラユウスケ)[2/2ページ]
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矛盾する森保一監督の発言と2つの解釈
まず、一つ目はこうだ。
森保監督が繰り返した「スクランブル」という言葉。もともとは航空用語で「緊急発進」を意味し、サッカーの世界では即興で局面を打開することを指す。
監督の主張を整理すると、「すべての局面を事前に準備できるわけではない。守備がはまらない場面も、選手が自分で考え判断する機会として捉えられる」というものになる。フレンドリーマッチを「実験の場」と位置づけ、リスクを取って攻撃人数を増やした結果として得点が取れたことを成果とする——。
この発想は、W杯を見据えた柔軟性として一定の理はある。
ただし、この解釈には限界もある。もう一つの解釈は以下の通りだ。
質間の核心は「前日会見でまだ把握していないと言っていた守備のズレを、どう把握し、次の采配に活かしたのか」という具体的なプロセスと事実確認だった。
これに対して監督は直接答えず、「結果はどうなりましたか?」と勝利した事実を前面に押し出した。議論の枠を「プロセスに問題はあったか」から「結果が良かったのだから問題ない」という土俵へ移すことで、指摘されたくない部分を結果で覆っているように見えた。
何より、普段から「結果ではなくプロセスで判断してほしい」とメディアに求める方針とも、矛盾する。
やり取りの最後に監督は「勝っても、負けても、成果と課題があると言って、ずっと来ていますので」と語った。この言葉に嘘はない。ただ、その「課題」が具体的に何で、どう向き合うのか。この日の空港では、それが十分に言語化される前にやり取りは終わった。
W杯優勝に向けて、そこが問われている
最後に、今回のやり取りが生まれた背景の違いについても触れておきたい。
欧州の指揮官の場合、試合後の会見でミスを指摘されても「この記者は私にミスを認めさせようとしている」と捉えて話を止めることは少ない。むしろ、「なぜそういうことが起きたのか」を主張するのが一般的だ。それにより、監督がどのようなスタンスで采配をふるっているかをみんなは知ることができる。筆者はそうした考えにそって、今回の質問をした。
一方、森保監督は今回のやり取りでも、質問を「普段からの自分への評価」として受け止め、この記者はミスを認めさせたいのだろうと考え、強い警戒を示したように見えた。
この温度感の大きな差は、コミュニケーションの前提にある差から生まれたものだろう。
会見で「私のミスかなと思います」と終わらせた箇所と、空港での長い哲学的説明の間にある距離こそ、このやり取りの本質が隠されていた。
指揮官の哲学がいかに深くても、それが選手やスタッフに十分共有されていなければ、「戸惑い」は繰り返されるリスクがある。
W杯本番まで残された時間は多くない。森保監督の「成果と課題は常にセット」という言葉通り、これからも出てくる課題とどう向き合っていくのか——。
W杯優勝に向けて、そこが問われている。
(取材・文:ミムラユウスケ)
【著者プロフィール】
2006年7月にスポーツライターとしての活動をはじめ、2009年1月にドイツへ渡る。ドルトムントやフランクフルトに住み、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。2016年9月22日より、拠点を再び日本に移す。『Number』などに記事を執筆。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、岡崎慎司の著書「鈍足バンザイ!」の構成も手がけた。
【第1回】『教訓』と『謎』。サッカー日本代表のチャレンジは混乱を招いた。「Jリーグっぽい」堂安律が訴えた問題の根底
【第2回】森保一監督流マネージメントとサッカー日本代表の混乱。「少しずつ…」鎌田大地が感じていた可能性
【第3回】こうして史上最強のサッカー日本代表は生まれた。内部で図られた方向転換、混乱を乗り越え強調された優先順位
【了】


