サッカー日本代表の主将に就いた遠藤航と森保一監督はともに、「W杯優勝」を口にした。堂々たる優勝宣言のようにも聞こえたが、遠藤の真意は違った。この連載では、サッカー日本代表を現地で取材し続けるスポーツライターのミムラユウスケが、FIFAワールドカップ26(北中米W杯)までの3年半に及ぶ日本代表の挑戦と苦悩を描き出す。(取材・文:ミムラユウスケ)[2/2ページ]
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矛盾する森保一監督の発言
「2期目がスタートしたミーティングで、目標は『ベスト8』と選手に伝えました。その後、選手たちだけでミーティングをして、その中で『優勝を目標にできないですか』って選手側から言ってきてくれた。頼もしかったですね」
また、その元となった2025年8月の「ピッチサイド 日本サッカーここだけの話」の公開収録で森保監督は以下の様に話している。
「新しい、二期目のチームがスタートした時に、ミーティングをして、目標はベスト8ということで選手に伝えて。私が伝えて。そうしたら、選手が、ミーティングが終わったときに、選手ミーティングをやって。そのなかで、話し合って、『これ、ベスト8ではなくて、W杯優勝を目標にできないですか?』と選手側から言ってきてくれたのは、『すごいな』と。あと、『しめしめ』という思いはありましたけど。
選手たちが世界一を目指したなかで、いまの(自分たちの)レベルアップをする、これまでできていないハードルを越えていくということを目指してやりませんかというのはすごく頼もしかったです。ただ思いは同じだったというのはすごく感じました」
選手サイドから提案があったときに「しめしめ」と感じながらも、それをしたたかに受け入れられる。これもまた、「過去にとらわれない」森保監督の特性の表れと言えるかもしれない。
ただ、その同じ特性が、発言のズレを生むことがある。
実際、3月の時点の話を振り返れば、監督が最初に「W杯優勝」を口にしたようにしか読み取れない。
しかし、森保監督のなかでは目標は「ベスト8」と伝えたつもりだったようだ。これは森保監督の話を丁寧に追っている人は気づいているが、たびたび監督の話すことが変わってくることがある。
それはこのときも起きている。
「不思議なのは…」森保一監督の発言のズレが生むもの
森保監督が率いる日本代表を取材していると、他の監督を取材している時には出てこないような疑問が浮かぶことが度々ある。
森保監督の話す内容は何故変わるのか、と。
もちろん、大会に向けての戦略や選手への評価が変わるのは当然だ。ここで言及したいのはそういうテーマではない。
「2026年の北中米W杯での目標」のような重要なテーマについての認識や、目標そのものが短期間で変わることを指す。他の指導者の取材をしていて、しばしば聞かれるのは、同じことを選手に伝えることの大変さだ。例えば、チームとしての目標などは簡単に変わらない。指揮官として大切にしていること、選手に求めることも基本的には変わらない。ただ、それらは大切なことだ。
だから、多くの指導者は、ほとんど変わることのない「本当に伝えたいこと」をどのように発信するかに頭を悩ませる。違う例を持ってきたりすることもある。伝えたいこととは正反対の事例を話し、そうした事例を“反面教師”として、本当に大切なことにフォーカスするように求めることもある。
ただ、森保監督の場合は少し違う。もちろん、「遅刻は仲間の時間を奪うから許せない」とか、「目の前の試合の勝利と日本サッカーの未来のために必要なことは何かを考えて決断を下す」というような普遍的な信念や哲学もある。
ただ、W杯優勝への認識も大切なことでありそうだが、今回の様に発言にズレが生まれる。そうした現象が筆者の目に不思議なものに映り、しばしば監督にたずねる。そして、「つじつま合わせをしないでください」とお𠮟りを受けたり、監督をいら立たせたことが何度もある。
では一体、何故なのだろうか――。
何故、発言の<ズレ>は生まれるのか
そんな疑問を解くヒントがあった。森保監督のことを熱心に取材している人の一部からは、こんな話を聞いたことがある。
「森保監督は良くも悪くも、過去にどういうことを話したか覚えていないんですよね。その利点として、過去の発言にとらわれないで決断できるのかもしれません」
この指摘は、筆者にとって腑に落ちるものだった。
森保監督のチーム作りで不思議なことがある。具体的な選手名をあげるのは控えるが、他の監督であれば許さない(二度と代表に呼ばない)ような行動をした選手を、少し時間がたってから招集するケースが過去には何度かあった。
そして、そうした現象について「森保監督が若いころはかなり“ヤンチャ”な青年だったからこそ、選手が秘めているエネルギーを誤った方向に向けたとしても許容できる」と説明されることがしばしばある。
確かに、その説明は決して的外れなものではない。一理ある。ただ、「過去にとらわれない」人物であるからこそ、そういう選手たちを許容できるという側面があるように見える。
つまり、そうした人物であるからこそ、今回のように、発言の<ズレ>が生まれるということなのだろう。ときにそれは選手を始めとして聞き手を困惑させ、チームを混乱させる。一方、そうした性格によって、チャンスを得られる選手はいて、そうした選手たちが日本代表の勝利のために大きな仕事をしてきたのもまた、揺るぎのない事実だ。
これは良し悪しで切り分けられる性格や考え方ではなく、監督の思考の特徴を捉えるべきことなのだろう。2023年の6月について振り返るとき、そんな教訓が得られるのだ。
(取材・文:ミムラユウスケ)
【著者プロフィール】
2006年7月にスポーツライターとしての活動をはじめ、2009年1月にドイツへ渡る。ドルトムントやフランクフルトに住み、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。2016年9月22日より、拠点を再び日本に移す。『Number』などに記事を執筆。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、岡崎慎司の著書「鈍足バンザイ!」の構成も手がけた。
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