プレミアリーグからの降格危機に瀕するトッテナム・ホットスパー。クラブは、現状を打開すべく、新監督にイタリア人のロベルト・デ・ゼルビを招へいした。“小さなグアルディオラ”とも呼ばれる戦術家は、どういう人物なのか。今の彼を作り上げたキャリアを振り返っていく。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]
デ・ゼルビは天才であるがゆえに…
08/09シーズンもSSCナポリにとどまることはできず、USアヴェッリーノへとレンタル移籍する。15試合の出場だったが、5得点を挙げる活躍を見せた。
モデナFC戦での約40メートルの距離から放ったFKは、ワールドクラスの一撃だった。それでも保有権を持つSSCナポリで、レギュラーの座を掴むには十分ではなかった。
当時のSSCナポリの指揮官は、エドアルド・レーヤ。現実主義で、規律重視、守備を基盤とする監督であった。そのようなスタイルのサッカーに、創造性に重きを置くデ・ゼルビにプレーする機会はなかった。
2010年2月、海外挑戦を決断。ルーマニアの強豪、CFRクルジュへと移籍する。
2012年6月まで所属し、それから所属先が見つからない期間が続いたが、2013年1月、セリエDのACトレントと契約を締結。イタリア最北部に位置するトレンティーノ=アルト・アーディジェ州のセミプロのクラブが、デ・ゼルビの現役最後のクラブとなった。
天才と呼ばれた男にとって、決して華やかなキャリアを築いたとは言い難い。それでも、34歳まで現役を貫き、自らが描く理想的なプレーを見出そうと抗った。
ロッセッティが語っているように、まさに「サッカーに生きる人間」だった。
しかし、天才であるがゆえ、指導者と対立することもしばしばあった。現役時代、自身が思い描いたようなサッカーができなかったもどかしさがあったはずだ。サッカーに対する失望もあったことだろう。
けれども、現役引退したその年の11月には、ブレッシャ県に本拠地を置くセリエDのUSダルフォ・ボアーリオで指導者の歩みをスタートする。
奇しくも、監督デ・ゼルビの名がイタリア全土に轟くこととなったUSサッスオーロと同じネーロ・ヴェルデ(黒と緑)をチームカラーとするクラブである。
“小さな天才”から小さな“グアルディオラ”へ
シーズン途中からの指揮で、チームを残留に導くことはできなかったが、翌シーズン、レーガ・プロのカルチョ・フォッジャで指揮を執るチャンスを得る。
ズデネク・ゼマンが指揮し、90年代後半にセリエAで疾風を巻き起こしたあのクラブだ。1年目はグループCで7位に終わったが、デ・ゼルビの標榜するサッカーは大きな話題となった。
「すごいサッカーをする監督がいる」。超攻撃的スタイルで、シーズンを終えて63ゴールを記録。グループCのみならず、リーグ全体の60チームで最高の得点力を披露した。
翌シーズンも、リーグ最高得点の攻撃力で2位に終わり、プレーオフに進むものの、ピサSCとの決勝に惜しくも敗れ、昇格を逃した。
ちなみにこのときにピサSCを指揮していたのが、ジェンナーロ・ガットゥーゾであった。
残念ながら、カルチョ・フォッジャを昇格に導くことは叶わなかったが、それでも、かつて、ゼマンが指揮したチームを彷彿させるような超攻撃的サッカーで、フォッジャの人々を熱狂させた。
こうして、パレルモFCに引き抜かれるものの、セリエAで結果を残せず、ベネヴェント・カルチョでも同じく失敗に終わったが、USサッスオーロでは同じ轍を踏むことはなく、評価を確かなものとする。
そして、“小さな天才”と呼ばれていた彼は、いつしか“小さなグアルディオラ”と呼ばれるようになっていた。
トッテナム・ホットスパーをどう立て直すのか
ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCを経て、オリンピック・マルセイユでは解任の憂き目に遭ったが、再び大きなチャンスが巡ってきた。
トッテナム・ホットスパーFCの新たな冒険を「キャリアで最も重要な挑戦」と捉える。プレミアリーグでは2025年12月28日を最後に勝利から遠ざかり、降格の危機に瀕するクラブでの就任となったが、臆する様子は一切ない。
デ・ゼルビは就任会見で勇ましく語る。
「私は試合に勝つためにここにいる。そして何より、正しいメンタリティーをもたらすためだ。それこそが今、重要なことだ。一試合一試合に集中するが、常に勇気を持って臨む。私は5年契約にサインしており、何が起ころうとも来シーズンもトッテナムの監督を務める」
デ・ゼルビの就任第1戦はサンダーランド戦。「このチームが残留争いを強いられているのか?」と思えるほど、不撓不屈の精神を持つチームの姿を目にすることができるのではないだろうか。
(文:佐藤徳和)
【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru
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