ドイツ戦から3日後のトルコ戦、10人を入れ替えても、日本代表の強さは揺るがなかった。そこにあったのは、偶然の勝利ではなく、欧州トップレベルを“当たり前”として生きる選手たちの日常だった。日本代表を現地で追うスポーツライターのミムラユウスケが、日本代表に根づき始めた“欧州基準”の正体を追った。(取材・文:ミムラユウスケ)[2/2ページ]
日本人の良さと欧州基準が融合すれば――
かつての日本代表の強みといえば、組織力、献身性、チームのために走り続ける謙虚さだった。
一方、〈フィジカル〉面では課題があった。実際、2006年のドイツW杯を1分2敗で終えたあと、当時のジーコ監督が敗戦の主たる原因を「フィジカルの差」だと語ったほど。実際、あのW杯では23人中17人がJリーグでプレーしている選手たちで、海外組の割合は26%に過ぎなかった。
そんな日本サッカーの課題を克服したのが、日本代表選手たちの戦う環境の変化だった。この遠征の26人中22人が海外クラブに所属しており、その割合は約85%。そうした状況を間接的な部分も含めて、促したのが森保監督だった。それでいて、以前よりも所属するクラブのレベルも上がっている。
このヨーロッパ遠征で日本人が目の当たりにしたのは、意図して作られた強さではなかった。欧州という戦場に飛び込んだ選手たちが、その日常を生き抜くために必然的に手にした強さだった。
かつての日本代表の強みは組織力、献身性、チームのために走り続ける謙虚さだった。だが、今回の遠征で彼らが見せつけたのは、以前はあまり見られなかった欧州的な個人の能力やフィジカルの強さだった。
ヨーロッパのスタンダードを身に着けていくなかで、従来持ち合わせていた組織力や献身性を研ぎ澄ませていけば——。
世界中からリスペクトを受ける、本当に強い日本代表が生まれるのではないか。そんな予感を与えてくれた遠征だった。
(取材・文:ミムラユウスケ)
【著者プロフィール】
2006年7月にスポーツライターとしての活動をはじめ、2009年1月にドイツへ渡る。ドルトムントやフランクフルトに住み、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。2016年9月22日より、拠点を再び日本に移す。『Number』などに記事を執筆。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、岡崎慎司の著書「鈍足バンザイ!」の構成も手がけた。
【関連記事】
『教訓』と『謎』。サッカー日本代表のチャレンジは混乱を招いた。「Jリーグっぽい」堂安律が訴えた問題の根底【連載:北中米W杯への道1】
森保一監督流マネージメントとサッカー日本代表の混乱。「少しずつ…」鎌田大地が感じていた可能性【北中米W杯への道2】
森保一監督は語気を強めた「まだ、あの質問のことを引きずっているんですか!?」。サッカー日本代表のプロセスを問う【現地取材コラム】
【了】


