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コラム 17時間前

「他の誰かがつけるくらいなら…」サッカー日本代表、久保建英が受け継いだ「8番」。電話で伝えた「いいですか」に込めた想いとは【コラム】

久保建英
サッカー日本代表の久保建英【写真:編集部】



 代表で初めて、自ら背番号を選んだ。久保建英が希望したのは、負傷でワールドカップ(W杯)出場を逃した南野拓実が背負ってきた「8番」だった。先輩への敬意と覚悟を番号に込め、さまざまな経験を糧に成長を遂げた久保が、日本代表の中心選手として2度目のW杯へ挑む。(取材・文:藤江直人)[2/2ページ]

「悪く言えば…」

2022年カタール大会、サッカー日本代表
久保建英にとってW杯初出場となった前回のカタール大会【写真:Getty Images】


「よく言えばチームのために戦えたけど、悪く言えば自分のやりたいプレーができなかった。チームのタスクを実践しながら、もっと自分のプレーができると思っていたけど、そこまでの個の力がなかった」

 ソシエダで個の力を追い求めてきた4年間。久保は意図的に自身へ高いハードルを課してきた。

「圧倒的な個の力がないと厳しいと思い知らされた。次のW杯で僕は25歳になっている。25歳ならば代表の中核になっている選手がどこの国にもいる。自分もそういった存在になりたい」

 都内で15日に行われた代表メンバー発表会見。堂安律が不在だった昨年6月シリーズでは「10番」を託された久保は「選ばれると思っていました」と自信をみなぎらせ、さらにこう語っている。

「そういった意味でも、前回のカタール大会とはチームのなかで違った立ち位置になると思っています。個人としてもチームとしても、しっかりと前回大会以上の結果と内容を求めて頑張っていきたい」

「個人的にはたくさん…」

サッカー日本代表、中村俊輔コーチ
サッカー日本代表の中村俊輔コーチ【写真:編集部】


 4月に電撃就任した中村俊輔コーチの存在に、さまざまな意味で刺激も受けている。

 ともに左足を利き足とするアタッカー同士として、久保はヨーロッパがシーズンオフとなる夏場に帰国するたびに、大先輩の俊輔氏とテレビ番組などでプレースキック論を何度も熱く語り合ってきた。

 さまざまな試行錯誤を繰り返しながら、久保は落ちる軌道を描くプレースキックを不得手としてきた。いまでは俊輔氏との会話をヒントに操れるようになった久保は、身近にいるレジェンドに声を弾ませる。

「僕は今日初めて合流したので、(俊輔コーチが)代表でどのような役割をされているのかとかはまだわからないですけど、個人的にはたくさんお世話になっているのですごくうれしいですね」

 東京五輪から代表で長く共闘してきた三笘薫も、大怪我を負って無念の選外となった。

「南野選手も三笘選手も、こういった形で名前が出るのはあまり多分喜ばしいものではないかもしれない。そういった質問をしてほしくないというか、いまはそっとしておいてあげたいのが一番ですけど」

 三笘への思いを問われた久保はこんな断りを入れながら、あらためて覚悟と決意を口にしている。

「誰も代わりだとは…」

久保建英
サッカー日本代表の久保建英【写真:編集部】


「何て言うんですかね。間違いなく戦力ダウンにはなってしまうと思っています。いままで主軸を張ってきた2人の数字の部分でももちろんそうですし、存在感というものもすごく大きかったので。

 ただ、選ばれた選手たちも、誰も(2人の)代わりだとは思っていない。選ばれた選手たちが全力で頑張るだけですし、僕自身、誰と組んでもお互いは最大限の力を発揮できるようにしていきたい」

 6月4日には25歳になる。久保は「年齢は関係ない」と言いつつも、こんな言葉も残していた。

「25歳になれば体もできあがってくるし、だからこそ言い訳もできないと個人的には思っている」

 主戦場とする右シャドーだけでなく、南野と三笘が務めてきた左シャドーや右のウイングバックとフル回転が期待される2度目のW杯へ。久保は中心選手としての自覚を新たにしている。

「アイスランド代表戦で出番があれば、まずは一緒に出ている選手たちとしっかりと連係連動する。終わったらすぐに気持ちを切り替えて、そのうえで(W杯へ向けて)いい準備をしていきたい」

 ソシエダではペッレグリーノ・マタラッツォ監督の配慮もあって、最後の2試合を欠場した。

 もちろんコンディションに問題はない。久保は「逆にいい休みになったと思います」と笑顔を浮かべながら、南野の思いも受け継ぐ「8番」のお披露目となる31日のアイスランド代表戦へまずは準備を整えていく。

(取材・文:藤江直人)

【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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【了】

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