日本サッカー協会(JFA)は8日、元日本代表でU-20日本代表監督などを務めた田中孝司氏が5月26日に急性骨髄性白血病のため死去したと発表した。70歳だった。
田中孝司氏が逝去
田中氏は1978年に日本鋼管(NKK)へ加入。1982年から1984年にかけて日本代表としてプレーし、国際Aマッチ20試合に出場して3得点を記録した。
現役引退後は指導者へ転身。1993年からU-18日本代表、U-19日本代表、U-20日本代表の監督を歴任し、1994年のAFCユース選手権で準優勝に導いた。
また、日本史上初となるFIFAワールドユース選手権(現・FIFA U-20ワールドカップ)のアジア予選突破を果たし、1995年の本大会ではベスト8進出を成し遂げた。
その後は名古屋グランパスエイトのコーチおよび監督、湘南ベルマーレ監督、松江シティFC監督などを務め、日本サッカー界の発展に貢献した。
JFAによると、田中氏は5月26日午前7時20分、横浜市内の自宅で急性骨髄性白血病のため逝去。通夜および告別式は近親者によって執り行われたという。
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