
ボルシア・ドルトムント(FC東京戦スタメン)【写真:Noriko NAGANO】
FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)出場を逃し、再建に踏み出したイタリア代表。その次代を担う候補として注目されるのが、ボルシア・ドルトムントで成長するルーカ・レッジャーニ、サムエーレ・イナシオ、フィリッポ・マネの3人だ。6月の代表活動では、24人の招集メンバーのうち、同一クラブ最多となる3人がドルトムントから選出された。日本ツアーでレッジャーニ本人に話を聞き、ドイツで育つイタリア人有望株の現在地と、自国クラブが直面する逸材流出の構造を読み解く。(取材・文:佐藤徳和)[2/3ページ]
負傷に苦しんだマネもブンデスリーガデビュー

ドルトムント フィリッポ・マネ【写真:Getty Images】
そして、フィリッポ・マネは、2005年3月8日、ロンバルディア州マジェンタの生まれだ。ノヴァーラFC、サンプドリアを経て、2022年にドルトムントへ移籍した。
マネも昨季、ブンデスリーガでデビューしている。FCザンクト・パウリとの開幕戦では先発出場を果たしたが、85分に一発退場となり、ほろ苦いメモリアルマッチとなってしまった。
その後、負傷の影響もあり、シーズンを通して4試合の出場にとどまった。
21歳のマネは、U-17年代からイタリア代表としてプレーしてきた。セレッソ大阪戦では3バックの中央で先発したが、35分に負傷退場。幸い大きなケガではなく、大事を取ってFC東京戦は欠場した。
このドルトムントの若手3人は、6月のイタリア代表2連戦に招集された。イナシオはルクセンブルク戦で89分から途中出場。レッジャーニはギリシャ戦で54分からピッチに入り、14分後に最終ラインで相手選手を手で止めたことでレッドカードを提示された。
それでも「素晴らしかったね。国とチームを代表して戦うということは、かけがえのないもの」と語っている。
マネは2試合に途中出場し、ルクセンブルク戦では75分から、ギリシャ戦では後半開始からプレーした。
レッジャーニはさらに、イタリア代表の新監督に任命されたロベルト・マンチーニについて、「これまで良い結果を残してきた監督。良い選択だったと思うよ」と歓迎する意向を示した。
そして、マンチーニ体制の初陣となるネーションズリーグが9月から始まる。
「とても難しいことは分かっているけど、招集されることを願っている。自分自身は、ハードワークを続けていくだけだ」
マンチーニは、2023年までイタリア代表を率いた際、積極的に若手を起用してきた指揮官だ。
中には、トップリーグで出場経験のない選手をA代表に抜擢した例もある。現ウディネーゼのニコロー・ザニオーロもその一人だ。ドルトムントの3人が、マンチーニ体制でも招集される可能性は十分にあるだろう。
「ドイツ移籍はブームに」バイエルンにも次代の代表候補

バイエルン デッラ・ローヴェレ【写真:Getty Images】
実は、この3人のイタリア人以外にも、将来を嘱望される選手がドイツで成長を続けている。
その一人が、バイエルン・ミュンヘンに所属する19歳のMF、グイード・デッラ・ローヴェレだ。6月のイタリア代表2連戦には招集されなかったが、U-19イタリア代表としてプレーする。
クレモネーゼから2024年7月にバイエルンへ移籍。これまでの2シーズンはリザーブチームで経験を積み、トップチームでの出場機会はなかったが、3年目となる今季は出場の可能性が高まっている。
バイエルンの今季初戦、SVヴェーエン・ヴィースバーデン(ドイツ3部)とのテストマッチでは、キャプテンマークを巻いて出場。クラブとヴァンサン・コンパニ監督が寄せる彼への信頼の厚さがうかがえる。
主戦場はトップ下だが、守備的MFとしても対応可能だ。187cmの恵まれた体格も魅力である。レッジャーニもデッラ・ローヴェレを高く評価する。
「彼のことは知っているよ。技術的にもとても優れた選手だね。ドイツでイタリア人がプレーするのは、“ブーム”になりつつあるね」
F1界にも重なる「自国で逸材を育てられない」現実

F1ドライバー アンドレーア・キミ・アントネッリ【写真:Getty Images】
今、イタリアを最も熱くしている若者は、F1ドライバーのアンドレーア・キミ・アントネッリだ。
2026年のGPですでに6勝を挙げている19歳。イタリアにとっては長く待ち焦がれたF1界のスターである。だが、キミ・アントネッリが所属するスクデリーア(チーム)は、イタリアの象徴の一つであるフェラーリではなく、ドイツのメルセデスだ。
なぜこれほどの逸材を自国のチームから輩出できなかったのか。スクデリーア・フェラーリの元チーム代表だったマウリツィオ・アッリヴァベーネが、その経緯を説明する。
「私がフェラーリで最後のシーズンを過ごした2018年、キミはまだ10か11歳だった。しかし当時の我々には、そこまで若い子どもを育成する体制が整っていなかった」と明かす。
どこかサッカー界の問題と被る。イタリア・サッカーのスターも、F1のようにドイツから誕生するなどということが、起こりうるかもしれない。