ついに、一人もいなくなった。2014年ブラジル大会を最後に、3大会連続でFIFAワールドカップ(W杯)出場を逃しているイタリア代表。そして2026/27シーズン、当時の世界最高峰の舞台を経験したアッズーリの選手が、セリエAから姿を消した。ジャンルイージ・ブッフォン、アンドレア・ピルロ、マリオ・バロテッリ……。イタリアが最後にW杯を戦ったあの日から12年。当時招集された23人は今、どこで何をしているのだろうか。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]
MF陣で現役選手はただ一人
そして、まだタレントが豊富だったMF。アルベルト・アクイラーニは、フィオレンティーナの下部組織での指揮官を経て、セリエBのピサSCとUSカタンザーロを指揮し、今夏、セリエAのUSサッスオーロの指揮官に就任。第2節のトリノ戦で初勝利を収めた。
アントニオ・カンドレーヴァは、2023/24シーズンのサレルニターナを最後に未所属の状況が続き、チームを探していたが、2025年3月15日にSNSを通じて現役引退を発表。その後はイタリア・メディア『Sky Sport』の解説者を務めていたが、11月にU-15イタリア代表のコーチングスタッフ入りした。
ロベルト・マンチーニ監督のイタリア代表第一次政権下ではコーチを務めたダニエレ・デ・ロッシは、SPAL、ASローマの指揮官を経験し、昨季のシーズン途中にジェノアの指揮官に就任。降格圏に沈んでいたチームを残留に導いた。今季もジェノアを率いる。
2014年大会、イングランドとの第1戦で、イタリア代表に最初のゴールをもたらしたクラウディオ・マルキージオ。アンドレア・ピルロのスルーパスから、強烈なミドルシュートを叩き込んだ一撃は、イタリアに希望を持たらすゴールだった。
現役引退後は実業家として活動している。トリノでは再生医療クリニック「Rigenera Care」の共同創業者を務めるほか、飲食業にも投資し、イタリア各地で複数の店舗を所有。また、スポーツエージェンシー「Circum」を設立し、スポーツ選手の代理業にも携わっている。
チアゴ・モッタは、ボローニャFCで指揮官としての名を確固たるものにした。ただ、2024年から指揮を執ったユヴェントスでは蹉跌をきたし、シーズン終盤で退任を命じられた。
しかし、契約期間は3年間のため、まだユヴェントスとの契約は残されている。
マルコ・パローロは、現役引退後、「DAZN ITALIA」で解説を務めていたが、2025/26シーズンからU-16ミランの監督に就任。今季はU-17指揮官に昇格している。
稀代のレジスタであったアンドレア・ピルロは今夏、イタリア代表監督の有力候補となり、一時は就任合意に達したとも報じられた。
しかし、ロシアのブックメーカー企業との関係をめぐる問題が浮上し、その後候補から外れた。そのため、昨年から指揮するUAE(アラブ首長国連邦)のユナイテッドFCの指揮官を続投。1部昇格を勝ち取り、今季からUAEプロリーグに挑む。
現役を続ける数少ない一人、マルコ・ヴェッラッティは、カタール・スターズリーグのアル・ドゥハイルSCでプレーしている。故郷ペスカーラへの思いは強く、古巣デルフィーノ・ペスカーラの株式40%を2025年6月に取得。クラブの共同出資者にもなっている。
FW陣。バロテッリやカッサーノは今
最後は、良くも悪くも個性的なタレントが揃っていたFW陣だ。
アレッシオ・チェルチは2021年4月、セリエCのSSアレッツォを最後に現役を引退した。今年4月には、障がいのある子どもたちを対象とした全国規模のイベントに、ローマのレジェンド、フランチェスコ・トッティらとともに特別ゲストとして参加。8人制サッカーを通じて、地域交流や障がい者スポーツの普及に貢献している。
ロレンツォ・インシーニェは、今夏の移籍市場でサンプドリアに移籍。2023/24シーズンからセリエBに沈むクラブの救世主として期待されている。
クラブを昇格に導き、自らもセリエA復活を遂げることができれば、再びW杯に出場したイタリア人選手が復活することとなる。
セリエA歴代7位のゴール記録を持つチーロ・インモービレは、8月14日に現役生活にピリオドを打ったばかりだ。まずは家族とともにゆっくりと過ごし、いずれはサッカー界に戻ってくることだろう。
問題児アントニオ・カッサーノの引退劇も、彼らしいものだった。
2017年2月にサンプドリアとの契約を解消後、7月にエラス・ヴェローナとの契約を締結したが、すぐに契約解除。2018年10月には、カッサーノ自身の要望によりヴィルトゥス・エンテッラでトレーニングを開始するものの、わずか5日で現役引退を表明した。
現在は自ら立ち上げたYouTubeのトーク番組『Viva el futbol』に出演。「トッティや(アレッサンドロ・)デル・ピエロ、(ロベルト・)バッジョよりもオレのほうが上だった。ロビー(バッジョの愛称)はビッグクラブではオレと同じように上手くやれなかった。オレより上なのは、(リオネル・)メッシ、(アンドレス・)イニエスタ、ロナウジーニョ、ロマーリオ、ロナウド(元ブラジル代表)、ネイマールだけだ」と豪語。カッサーノ節は相変わらずだ。歯に衣着せぬ発言で、話題を提供している。
そして、イタリア代表として最後のW杯本大会での得点者、マリオ・バロテッリ。36歳となった今は、UAE2部のアル・イッティファクに所属している。
2014年大会、第1戦のイングランド戦、1-1で迎えた50分、カンドレーヴァのクロスをファーサイドから強烈なヘディングシュートで叩き込み、イタリアを勝利に導いた。これがイタリア代表最後のW杯での得点である。
多くのトラブルを引き起こし、“悪童”の代名詞となったバロテッリが、イタリア代表弱体化の要因について、英国紙『ザ・ガーディアン』のインタビューで8月30日に語っている。
バロテッリが語るイタリア代表弱体化の原因は?
「オレたちが小さい頃は、何時間も何時間もサッカーをしていた。ボールが見えないほど暗くなるまで外にいて、母親に怒られたことを覚えているよ。『明日は遊びに行かせませんよ』と言われたものだ。
でも今、ブレッシャ(バロテッリの故郷)のような街を歩いてみると、ほかのイタリアの都市でも同じだが、公園には誰の姿もない」
多くの子どもたちがスマートフォンやテレビゲームに夢中になり、外でサッカーをすることがなくなっていると指摘する。
だが、将来について、そしてイタリアサッカーについては希望を持っている。
「一つの国に低迷期があるのは普通のことだ。でも、そこからまた盛り返してきた。スペインもフランスもドイツも、そういう時期を経験している」
バロテッリの予想が当たることを願わずにはいられないが、イタリアはあまりにも楽観的過ぎた。最初にW杯の出場権を逃した2018年にすぐ問題を探り、抜本的な改革に乗り出すべきであった。
もっと言えば、決勝トーナメント進出を果たせなかった2010年大会後、すぐになにかしらの手を打つべきであった。
だが、2006年大会で優勝したということもあり、「我々はイタリアだ」という奢りがあったのだろう。それは、3大会連続で本大会に出場できていない今も消えていない。
窮地に陥るごとに「我々はイタリアだ」と胸を張るが、もはや犬の遠吠えのようにしか聞こえない。もう少し謙虚な姿勢があれば、W杯に出場したイタリア人選手がセリエAの舞台からいなくなったなどという、不名誉な話題もなかったはずだ。
(文:佐藤徳和)
【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru
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