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コラム 5時間前

「PKを蹴る勇気を持つ者だけがミスできる」。20歳ピオ・エスポージトが背負うインテルとイタリア代表の未来【コラム】

インテルのピオ・エスポージト
インテルのピオ・エスポージト【写真:Getty Images】



 FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)出場を懸けた大一番で、20歳のフランチェスコ・ピオ・エスポージトは最初のキッカーを自ら志願し、そして外した。イタリア代表は3大会連続でW杯出場を逃し、その失敗は若きストライカーの記憶に深く刻まれたはずだ。それでも、彼の歩みは止まらない。インテルは2032年までの長期契約を結び、クラブも代表もその成長に大きな期待を寄せている。挫折、家族、そして名門での挑戦。イタリアの未来を託された20歳は、どこまで大きくなれるのか。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]

3兄弟そろってインテル移籍を掴んだ経緯

インテル下部組織時代のピオ・エスポージト
エスポージト3兄弟は全員がインテルの下部組織出身【写真:Getty Images】



 アントニオとエマヌエーレのフィリッピーニ兄弟、エウジェニオ・コリーニ、アイモ・ディアーナ、ロベルト・バローニオ、フランチェスコ・アチェルビ、そして稀代のレジスタ、アンドレア・ピルロも、このクラブでプレーした。

 数々の名選手を育て、イタリア・サッカーにとって重要な役割を果たしてきたクラブなのである。

 これらの才能を発掘したのが、ロベルト・クレリチだ。2018年1月11日に78歳で亡くなった伝説的なスカウトである。

 クレリチが新たな才能を探すため、カステッランマーレ・ディ・スタービアを訪れたのは2011年のことだった。そこで目に留まったのが、ナポリ・クラブの一員としてプレーしていた長男サルヴァトーレだった。

 しかし、クレリチが惚れ込んだのはサルヴァトーレだけではない。セバスティアーノの才能にも可能性を見いだし、父アゴスティーノを説得した。

 当初、アゴスティーノは息子たちの移籍に応じなかったものの、最終的にはオファーを受け入れることを決断。カステッランマーレ・ディ・スタービアを離れ、ブレッシャへと移り住み、プロサッカー選手を目指すことになった。

 ピオは当時をこう振り返っている。

「ヴォルンタス・ブレッシャがすべての始まりだった。そして、おそらくあの小さなサッカー場が僕らの先生だった。僕らはそこで一日中過ごしていたから」

 ピオがヴォルンタス・ブレッシャに所属したのは2010年からのわずか1年間だった。ほどなくしてブレッシャ・カルチョに引き抜かれた。それでも、ヴォルンタスは、ピオにとってかけがえのないクラブであり続けている。

 そして2014年、3兄弟はそろってインテルへ移籍することになる。サルヴァトーレはトップチーム昇格を果たせず、現在はセリエBのサンプドリアでプレーしている。

 セバスティアーノは今季からUSサッスオーロに所属する。インテルでプレーするという道は、もはや現実的ではないだろう。

 3兄弟のなかでも、幼少期からピオの才能が際立っていたことは明らかだった。家族と兄弟の愛情に包まれて育った末っ子は、いまや一家のなかで最も大きな成功を収めようとしている。

 そして、イタリアを代表するストライカーへと、その歩みを進めている。

インテルには最高のお手本がいる

インテルのラウタロ・マルティネス
インテルにはラウタロ・マルティネスという最高のお手本がいる【写真:Getty Images】



 今夏、W杯出場を逃したピオはシーズンを終えても、バカンスに向かうことはなかった。2人の兄、サルヴァトーレとセバスティアーノとともに足を運んだのは、かつて3兄弟がサッカー選手を夢見て汗を流した、ヴォルンタスのサン・フィリッポのグラウンドだった。

 子どもたちと一緒にボールを蹴りながら、プロサッカー選手を夢見ていた少年時代の情熱を、もう一度胸に刻んでいたのかもしれない。

 初めてセリエAの舞台に立ち、初めて1年間を通してネラッズーリの一員として戦った2025/26シーズン、ピオはセリエAで7ゴールを記録。スクデット奪回とコッパ・イタリア制覇に少なからず貢献した。

 クリスチャン・キヴという、下部組織時代の恩師が指揮官に就任したことも幸運だった。ピオをよく知る指導者がそばにいたことは、大きなアドバンテージになったことだろう。

 その一方で、W杯出場を懸けた重要な一戦ではPKを失敗。キャリアを振り返ったとき、決して忘れることのできない蹉跌も経験した。それでも、ピオはインテルで過ごした最初のフルシーズンを、2つのタイトルを手にして終えた。

 しかし、インテルでの2冠達成だけで満足する男ではなかったのだろう。

 3大会連続でW杯出場を逃したイタリアにとって、ピオのさらなる成長は、これからの代表チームの行方を左右する重要な要素となる。W杯26欧州最終予選のノルウェー戦では先制点を挙げ、イタリアに希望をもたらした。

 しかし、アーリング・ハーランドに2ゴールを許し、1-4と屈辱的な敗戦を喫した。世界屈指のストライカー、その凄みを同じピッチに立って肌で感じたことだろう。

 エディン・ジェコに憧れ、カリム・ベンゼマのプレーを研究してきたと語るピオにとって、幸いにもインテルには格好の手本がいる。ラウタロ・マルティネスだ。

 ピオ自身、「トレーニングでもチャンピオンズリーグ決勝のようにプレーする」と評するように、常に高い強度で練習に取り組む姿勢は、若いストライカーにとって大きな刺激となる。

 タイプこそ異なるが、トレーニングにも試合にも妥協なく臨むその姿勢は、ピオがさらなる高みを目指す上で、これ以上ない参考となる存在だ。インテリスタだけでなく、イタリア代表を愛する人たちの多くが、ピオの成長に期待を寄せている。

 これからも、常にボスニア戦のPKの時のような重圧がのしかかり続けることになるが、それを乗り越えなければ、真のストライカーへの道は開けない。

 今夏のプレシーズンマッチでは、初戦のドイツ6部リーグ、SVアーゼン戦で5得点を挙げたものの、それ以外の試合ではゴールを奪えず、シーズン開幕を前に多少の懸念を抱かせた。

 しかし、2026/27シーズンの開幕節のASモンツァ戦では、そうした不安を払拭するパフォーマンスを披露した。

 2点目となった技ありのヒールキックによるシュートが印象に残るが、前線では何度も体を張り、チャンスの起点となった。チームの4-1の勝利にも大きく貢献している。

 ポパイのように腕のこぶしを見せつけるゴールパフォーマンスもすっかり定着した。今季は何度、インテリスタを熱狂させるあのパフォーマンスを披露することになるだろうか。

(文:佐藤徳和)

【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru

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【了】

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