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コラム 5時間前

「PKを蹴る勇気を持つ者だけがミスできる」。20歳ピオ・エスポージトが背負うインテルとイタリア代表の未来【コラム】

インテルのピオ・エスポージト
インテルのピオ・エスポージト【写真:Getty Images】



 FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)出場を懸けた大一番で、20歳のフランチェスコ・ピオ・エスポージトは最初のキッカーを自ら志願し、そして外した。イタリア代表は3大会連続でW杯出場を逃し、その失敗は若きストライカーの記憶に深く刻まれたはずだ。それでも、彼の歩みは止まらない。インテルは2032年までの長期契約を結び、クラブも代表もその成長に大きな期待を寄せている。挫折、家族、そして名門での挑戦。イタリアの未来を託された20歳は、どこまで大きくなれるのか。(文:佐藤徳和)[1/2ページ]

重要な一戦でPKを外してしまった若者

イタリア代表のピオ・エスポージト
北中米W杯欧州予選プレーオフ決勝でPKを外したピオ・エスポージト【写真:Getty Images】



 背番号「15」が渾身の力を込めて放った一撃は、クロスバーの上を大きく越えていった。顔をユニフォームで覆い、うなだれる。イタリア代表の最初のキッカーを務めたのは、フランチェスコ・ピオ・エスポージトだった。

 3人目のブライアン・クリスタンテのシュートもバーを叩き、イタリアはボスニア・ヘルツェゴビナ代表とのFIFAワールドカップ2026(北中米W杯)欧州予選プレーオフ決勝にPK戦の末に敗れ、3大会連続でW杯出場を逃した。

 20歳の若者には、あまりにも酷であった。イタリア国民6000万人の期待を一身に背負い、しかも、極度のプレッシャーがかかる最初のキッカーだった。

 結果として、ピオの失敗が響き、イタリアはまたしてもW杯への出場権を手繰り寄せることができなかった。ピオは最初のキッカーに自ら志願し、そして不運にも外してしまった。

 しかし、この若者を誰が責めることができようか。イタリアの至宝、ロベルト・バッジョは語る。

「PKをミスできる者は、PKを蹴る勇気を持つ者だけだ」。

 ピオは、間違いなくその勇気を備えていた。一度や二度のミスを恐れて、サッカー選手になることなど誰ができようか。

 その勇気は、一握りの選手だけが持っているものであり、これからのキャリアを築くために必要不可欠なものなのだ。

掴み取った契約延長。その時ピオは…

インテルのピオ・エスポージト
インテルとの契約延長を掴み取ったピオ・エスポージト。その時、安堵の表情を浮かべていた【写真:Getty Images】



 昨シーズン2位のSSCナポリ戦での逆転勝利から一夜明けた9月6日、インテルは、ピオ・エスポージトとの契約延長を正式発表した。

「インテルナツィオナーレは、フランチェスコ・ピオ・エスポージトとの契約延長について合意に達したことを発表します。2005年生まれのFWは、2032年6月30日までネラッズーロの一員となります。インテルとピオ・エスポージトは2032年までともに歩みます」

 その日、ピオは「インテルTV」に出演し、インタビューに臨んだ。

「正直、本当に、とても興奮している。ここに来るために車に乗ったとき、まるで蝶が羽ばたくように胸がざわざわと高鳴った。自分の人生にとっても、キャリアにとっても、重要な節目だと感じているから。

 とはいえ、決して到着点ではない。むしろ、ここを新たな出発点として、これまでと同じようにハードワークを続けていくためのものであり、今日まで積み重ねてきた仕事に対する評価でもある。だからこそ、これからもこれまでと同じように努力を続けていかなければならない」

 黒のスーツに身を包んだピオは、喜びを爆発させるというよりも、安堵の表情を浮かべながら質問に答えた。

 どこか緊張した面持ちからも、それだけ今回の契約更新が、彼にとって大きな意味を持つものだったことが窺えた。

 カンパーニア州に非常に多い「エスポージト」という姓を持つピオは、2005年6月28日、ナポリ大都市圏に位置するカステッランマーレ・ディ・スタービアの生まれだ。

 ナポリの大衆歌謡『フニクリ・フニクラ』が生まれた地として知られ、ユーヴェ・スタビアの本拠地でもある。また、イタリア代表の守護神ジャンルイージ・ドンナルンマの出生地でもある。

 ピオは、イタリア紙『コッリエーレ・デッラ・セーラ』のインタビューで、故郷についてこう語っている。

クラブ買収まで。文字どおりのサッカー一家

インテルのピオ・エスポージト
エスポージト一家はサッカー一家【写真:Getty Images】



「カステッランマーレ・ディ・スタービアのチチェローネ地区の血は、いつも自分の中に流れている。“カッツィンマ”の精神が、自分をここまで導いてくれた。セリエBからチャンピオンズリーグまで。落ち込まず、しっかりとやれている姿を見せるには、大きな勇気が必要だ」

“カッツィンマ”とは、イタリア南部、とりわけナポリで使われる言葉で、「ずる賢さ」や「抜け目のなさ」といった意味を持つ。幼少期からイタリア北部を中心に生活の場を移してきたピオだが、その心の奥底には、故郷で培われた南部の精神が今も息づいている。

 長男のサルヴァトーレ、次男のセバスティアーノもともにプロサッカー選手として名を馳せるだけでなく、父アゴスティーノも元プロ選手で、指導者としてユーヴェ・スタビアのアシスタントコーチを務めた経験を持つ。

 さらに、ピオが「第二の母」と慕う姉のアンナマリーアは、元U-20イタリア代表で、セリエCのサンベネデッテーゼでプレーしたセンターバック、アゴスティーノ・カミッリャーノの妻でもある。まさに、文字どおりのサッカー一家だ。

 三男ピオの幼少期を語る上で欠かせないクラブが、イタリア北部ロンバルディア州のヴォルンタス・ブレッシャである。

 そして現在、このクラブを所有しているのがエスポージト一家だ。クラブが経営破綻した際、家族が資金を投じて買収したのである。

 ヴォルンタスは数々の名プレーヤーを輩出した。

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