日本代表は24日、ウルグアイ代表とのキリンチャレンジカップ2026(国際親善試合)で3-1の勝利を収め、第3次森保ジャパンの初陣を白星で飾った。この試合ではFW塩貝健人が代表初ゴールをマーク。劇的な勝ち越し弾で勝利の立役者となった一方、試合後にはそのプレーを巡って厳しい声もあがっている。
塩貝健人の課題とは?
後半途中からピッチに立った塩貝は、1-1で迎えた91分、伊東純也からのパスを上田綺世に落とし、そのリターンを受けると、最後は相手GKの股下を抜いてゴールネットを揺らした。FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)で少なくない批判を浴びた若きFWが、結果で存在感を示す格好となった。
しかし、塩貝への厳しい声は収まっていない。ウルグアイ戦後、SNSなどで目立ったのが「エゴを出しすぎ」という意見だ。
こうした反応が生まれた背景には、もちろんピッチ上でのプレーが影響している。得点シーンの前、塩貝は右サイドにフリーの味方がいる状況でドリブルを選択し、そのままボールをロストした。その後に勝ち越しゴールを奪ったとはいえ、一度は自らチャンスを潰す形になっている。
チャンスになり得る場面でのボールロストは、これとは別にもう一つあった。短い出場時間の中で不用意にボールを失う場面が続いたことで、塩貝のプレーは「エゴイスティック」と映ったのだろう。
ただ、本当に問題は「エゴ」にあるのだろうか。
そもそもFWがゴールを第一に考えること自体は不自然ではない。シュートを打てるなら打つ。自ら突破できるなら仕掛ける。塩貝にもそうしたストライカーとしての強烈な欲がある。
問われるべきなのは、その欲の強さではない。ゴールへ向かうために、その瞬間の状況に応じた最適な手段を選べているかどうかだ。
その意味で、塩貝により求められるのは「エゴを抑えること」ではなく、周囲を認知する力と、その情報をもとにプレーを選択する判断力ではないか。
実際、ゴール直前にあったボールロストについて、塩貝自身がウルグアイ戦後に「外が見えていなかった」と振り返っている。
ここは重要だ。
味方の存在を認識したうえで、それでもパスを選ばず自ら突破しようとしたのであれば、「エゴ」という表現にも一定の説得力が生まれる。しかし、塩貝本人の言葉に従えば、あの場面ではそもそもパスという選択肢を十分に認識できていなかったことになる。
つまり、「味方を使わなかった」のではなく、「味方を使える状況を自分の中で作れなかった」。
結果として自らドリブルを続けるしかなくなり、相手にボールを奪われた。外から見れば独善的なプレーに映るが、その原因を掘り下げれば、エゴの強さとは別の問題が浮かび上がってくる。
勝ち越しゴールの場面についても考えてみたい。
伊東からボールが入った瞬間、ウルグアイ守備陣は直前に倒れた選手にも意識を向けており、塩貝には比較的大きなスペースが与えられていた。自ら前を向いて仕掛ける余地もあった中で、塩貝は迷わずワンタッチで上田にボールを落とした。
そして上田からのリターンを受け、最後は自ら仕留めた。この一連のプレーだけを切り取れば、少なくとも「何がなんでも自分一人でゴールを奪おうとする選手」という評価とは一致しない。塩貝は味方を使い、リターンを受けるという選択もしている。
一方で、この得点によって塩貝の課題がすべて解消されたわけでもない。相手の守備が乱れてスペースが生まれていたことも事実であり、上田にダイレクトでボールを落としたことが相手守備陣に致命的ダメージを与えたわけではない。上田も少し驚いた素振りを見せており、イメージが先行しすぎたゆえに冷静な判断はできていなかったように映る。
これこそ、塩貝が今後さらに磨くべき部分ではないだろうか。
「僕としても(味方を)使わなかったっていうよりは、ボールウォッチャーになって使えなかったっていう表現が正しいと思う」
ボールロストの場面について、塩貝はそう振り返っている。
この発言からも、最初から味方を無視して自分だけで局面を打開しようとしていたわけではなかったことがうかがえる。
周囲を見る余裕を失ったことで選択肢が減り、結果として自分で仕掛けるしかなくなった。それが周囲には独善的なプレーとして映った。
強気な発言を恐れない塩貝のキャラクターも、「エゴイスト」というイメージを必要以上に強めている部分があるのかもしれない。だが、それはあくまでピッチ外の話であり、ピッチ内では全局面で強気な姿勢を見せているわけではない。
もちろん、ゴールに向かう意識は強い。それは塩貝というストライカーの大きな特徴でもある。しかし、本人はそこに至るまでのプロセスについて「改善していきたい」と口にしている。
塩貝に必要なのは、ゴールへの欲を弱めることではない。その欲を実際のゴールへと結びつけるために、見る、把握する、選ぶというプロセスの精度を高めることだ。
「エゴイスト」という一言で片付けてしまえば、塩貝が本当に向き合うべき課題を見誤る。
単に独善的なのではない。ゴールへ一直線に向かおうとするがゆえに、その道筋を選ぶ作業の手順がまだ不器用なのだ。
(文:小澤祐作)
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