イタリア代表に、アフリカにルーツを持つ選手が増えている。モイーズ・キーンをはじめ、近年はA代表だけでなく、U-21やU-19といった育成年代でも多様な背景を持つ選手たちが存在感を示すようになった。一方、同じ欧州の強豪であるフランスやドイツとは、その歴史的背景や移民事情が大きく異なる。外国籍住民の数だけでは説明できない、各国代表の顔ぶれの違い。植民地支配の歴史や人口移動、国籍制度を手がかりに、イタリアサッカーの変化を読み解く。(文:佐藤徳和)[1/2ページ]
イタリア代表にもアフリカ系の選手が増加
第2次ロベルト・マンチーニ体制のイタリア代表がスタートした。
9月24日にリーグフェーズが開幕したUEFAネーションズリーグ(UNL)2026/27では、イタリア代表は10月5日までの4試合を2勝1分け1敗で終えた。
今回のイタリア代表は、これまでと少し違った様相を呈した。この大会では、11日間で4試合を戦う過密日程のため、34人もの選手が招集された。
その中でも目についたのが、アフリカにルーツを持つ選手の多さだ。
モイーズ・キーンを筆頭に、エディ・コウアディオ、マイケル・カヨーデ、イッサ・ドゥンビア、モハメド・アリ・ゾマ、ネストル・アハノールらが名を連ねた。
こうした顔ぶれからは、フランス代表などと同様に、イタリア代表にも多様なルーツを持つ選手が増えていることがうかがえる。
また、シルヴィオ・バルディーニが率いるU-21イタリア代表でも、この傾向は強まっている。
シェール・ンドゥール、アルファジョ・シセ、セイドゥ・フィニ、ルーカ・コレオショーらがアフリカにルーツを持つ選手たちで、2004年以降生まれの選手で構成されるチームの中心を担っている。
U-19についても、アフリカ系選手の多さは目につく。
9月17日にマッシミリアーノ・ファーヴォ監督によって招集されたメンバーのうち、ベニト・ボラーシオ、デスティニー・オノグエカン・エリモガーレ、ダヴィド・マリーニ、ジャン=トリフォセ・マンブク、サミュエル・ウィアフェの5人がアフリカをルーツとする選手だ。
イタリア代表初のアフリカ系選手は、SSラツィオやフィオレンティーナなどで活躍したファビオ・リヴェラーニだ。
イタリアのアフリカ系選手と言えば…
イタリア人の父と、戦争から逃れてきたソマリア人の母の間に生まれたリヴェラーニは、2001年4月25日、ペルージャで行われた南アフリカ代表戦で、ジョヴァンニ・トラパットーニ監督の下、イタリア代表デビューを果たした。
ただし、リヴェラーニをイタリア代表初のアフリカ系選手とするには、注釈が必要だ。
アルゼンチン出身のミゲル・モントゥオーリもアフリカ系とみなすのであれば、彼がイタリア代表初のアフリカ系選手ということになる。
モントゥオーリはアルゼンチンのロサリオ出身で、父はナポリ生まれ、母はアフリカ系だった。1956年2月15日のフランス代表戦でデビューし、イタリア国外で生まれた選手として初めてアッズーリのキャプテンを務めた。
また、現役最後の代表戦となった1960年1月6日のスイス代表戦でも、キャプテンマークを巻いていた。
そして、イタリアのアフリカ系選手を語るうえで忘れてはならないのが、マリオ・バロテッリだ。
ピッチ内外で数々の騒動を起こし、“悪童”の代名詞のような存在でもあったが、2010年代のイタリア代表にとって重要なプレーヤーだった。
とりわけ、ユーロ2012(欧州選手権)準決勝のドイツ代表戦で決めた2得点は、今も多くのファンの脳裏に焼き付いていることだろう。まさに、“スーペル・マリオ”と呼ばれるにふさわしいパフォーマンスだった。
そして、イタリア代表が最後に出場したFIFAワールドカップ(W杯)である2014年大会では、イングランド代表戦で得点。このゴールは、2026年大会開幕前の時点で、アッズーリがW杯で最後に記録した得点となっていた。
バロテッリは、ガーナ人の両親のもと、シチリア州パレルモで生まれ、幼少期にロンバルディーア州ブレッシャの家庭に引き取られて育った。
幼い頃から才能を発揮していたが、イタリア国籍を取得するまではイタリアの年代別代表でプレーできなかった。
2008年8月に18歳となり、すぐにU-21イタリア代表に招集された。18歳でU-21イタリア代表入りというエピソードが、どれほど彼が優れた選手だということを物語っているだろう。
イタリアの外国籍住民の数はフランスと大差ない
イタリア代表にも、アフリカにルーツを持つ選手が歴史の一片を築いてきた。
しかし、フランス代表のそれと比べると、その存在が注目されるようになるまでには時間を要した。両国の違いを考えるうえで、植民地支配の歴史は重要な背景の一つだ。
フランスは16世紀以降、海外に植民地を拡大し、19世紀にはアフリカでの支配を大きく広げた。こうした植民地支配の歴史は、旧植民地からフランスへの移住や、その子孫がフランス社会を形成してきた歴史とも深く関わっている。
フランス国立統計経済研究所(INSEE)の統計によると、2024年のフランスは、人口が約6,844万人、外国籍住民が約604万人で、総人口の8.8%を占めていた。
ただし、フランス代表にアフリカ系選手が多い背景は、外国籍住民や移民の割合だけでは説明できない。
例えば、キリアン・エンバペはパリ生まれで、父親がカメルーンに、母親がアルジェリアにルーツを持つ。フランスで生まれたエンバペ自身は、統計上の「移民」には分類されない。
フランスが植民地支配したアフリカの地域には、アルジェリア、チュニジア、モロッコ、セネガル、マリ、コートジボワールなどがある。近年の移民の流入だけでなく、こうした歴史的背景や、移民の子孫がフランスで生まれ育ってきたことも、フランス代表にアフリカにルーツを持つ選手が多い理由の一つと考えられる。
フランスのマルセイユで生まれたジネディーヌ・ジダンも、アルジェリアにルーツを持つ一人だ。
北アフリカの広い地域に暮らすベルベル人の一つ、少数民族のカビル人の家系に生まれた。父のスマイル・ジダンはアルジェリア北部のカビリア地方の出身で、マルセイユで妻となるマリカと出会った。彼女もまた、カビリア地方にルーツを持つ。
対して、2026年1月1日現在のイタリアの人口は、イタリア国立統計研究所(ISTAT)によると、約5,894万人である。外国籍住民は約556万人で、総人口の9.4%を占めている。
外国籍住民の数だけを見れば、フランスとの差は大きくない。
日本と同様に少子化が深刻な問題となっているイタリアでは、出生率が2025年に過去最低の1.14となった。こうした人口の推移を背景に、ジョルジャ・メローニ政権は労働力不足への対応として、外国人労働者の受け入れを進めている。
一方、不法入国の抑制については規制を強化し、地中海を経由する不法入国への対策にも取り組んでいる。
フランスとの違いを考えるうえでは、植民地支配の規模や歴史も重要だ。



