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J1 1か月前

「俺が行くと言って…」横浜F・マリノス、天野純が見せた意地。「チームの力になれていない」時期を乗り越えて掴んだ残留への希望【コラム】

シリーズ:コラム text by 菊地正典 photo by 米田光一郎

 明治安田J1リーグ第35節、横浜F・マリノスはサンフレッチェ広島に3-0で快勝し、残留へ向けて貴重な勝点3を手にした。後半途中からピッチに入った天野純は、1ゴール1アシストの活躍でチームに勢いをもたらした。今季、思うようにチームの力になれず不甲斐なさを痛感してきた背番号20は、最後まで気を引き締めて戦い抜く覚悟を示している。(取材・文:​​菊地正典)

残留へ大きく前進した横浜F・マリノス

横浜F・マリノス 天野純
【写真:米田光一郎】

 サンフレッチェ広島戦が行われた10月25日の横浜は、雨だった。あいにくの天候ではあるが、雨の日に行われる横浜F・マリノスの試合では少なくとも一つ、特別なことがある。

「雨が降り出せば今日も始まる 心躍り出す横浜カーニバル」

「横浜カーニバル」と呼ばれるこのチャントは、雨の日に限って歌われる。この日もマリノスサポーターは試合前に歌っていた。

 そんな日に心が躍り出すようなプレーを見せ、残留に大きく前進する勝ち点3に貢献したのは、フィールドプレーヤー最年長の天野純だった。

 マリノスは12分と早い時間に先制していたが、それ以降は広島に押し込まれる苦しい時間が続いていた。

 後半に入っても流れは変わらない。66分にはVARの判定の結果、オフサイドとなったもののゴールネットを揺らされ肝を冷やした。

 その後も右サイドバックの加藤蓮が絞った外側と言うべきか、右ウイングのジョルディ・クルークスの背後というべきか、右サイドのスペースにスルーパスや対角のサイドチェンジを送られてピンチになりそうな場面が続く。

 そんな状況の中、天野は78分にピッチに入った。

 託された役割の一つは、そのスペースをケアすること。ただ、天野は守備よりも攻撃で輝くタイプである。

「ファーストプレーがうまくいったので…」

「そこをケアしつつ、自分の持ち味をしっかり出さないといけない」

 そう考えて入ったファーストプレーだった。朴一圭が大きく蹴ったゴールキックを右サイドでピタリと足元に止める。

「ファーストプレーがうまくいったので、そこから波に乗れたと思います」

 その4分後の83分だった。鋭いターンで相手のファウルを誘い、PKを獲得する。
ファーストプレーに加え、ターンしてから相手2人の間を割っていくドリブルで調子や体のキレの良さを感じさせた直後のことだった。

 VARの確認は入ったが、PKであることは確信していた。PKはあまり得意ではない。少なくとも天野自身はそう思っている。それでも、誰かに譲るつもりはなかった。

「PKはジェイソン(・キニョーネス)も練習しているし、なぜか練習しているジャン・クルードも蹴りたいと言ってきたんだけど、『お前はない』って言っておきました(笑)」

 プレーし慣れた日産スタジアムの芝が長く、思い切り蹴れば雨で軸足が滑るのではないかと不安を感じた。そのぶん、慎重に狙う。コースを決め、強めに蹴った。PKは得意でなくても、狙ったところに蹴るキック精度には自信がある。

 対峙した大迫敬介を「それでも止めなければいけなかった」と後悔させたが、最終的にサイドネットを揺らすボールに触れるGKはそうそういない。

 PKを決めた5分後、勝利を目前に控えた90+1分には“お返し”をする。コーナーキックでキニョーネスへ良質なボールを届け、2試合連続ゴールを導いた。

「俺が行くと言って…」

「ジェイソンはPKを蹴りたそうな顔をしていたけど『俺が行く』と言って蹴らせてもらったので、ギブ・アンド・テイクじゃないけど、彼にアシストできてよかった」

 1-0で推移していればどうなっていてもおかしくなかった展開でのリードを広げるゴールと、試合を決定づけるアシスト。天野の実績や実力を考えれば、十分可能なことにも思える。

 だが、今の天野にとっては苦労の末に果たした貢献だった。

 韓国での2シーズンのプレーを経て昨季、マリノスに復帰したものの、今季はチームが残留争いを強いられる中、思うように結果を残せていなかった。34試合中30試合に出場しているが、そのうちスタメン出場はわずか10試合にとどまっている。

「今シーズンを通してあまりチームの力になれていないということを痛感していますし、このチームを引っ張っていかないといけない年齢で本当にふがいないと思います」

 それでも、天野は状況を受け入れ、チームのために闘っている。

 例えば、プレーするポジション。元々はトップ下やボランチ、中央でプレーする選手だが、この試合もそうだったように最近は右サイドでのプレー機会が増えた。

 複数のポジションでプレーする選手でもスタメンであれば試合数日前にある程度、自分がプレーするポジションが分かるものだが、途中出場となれば状況によって変わるため、準備は難しい。

「ピッチに入ったら自分のプレーを…」

「もう試合前にイメージしないようにしました。実際、今日もボランチでの出場もあると言われていたし、ポジションが3つもあるので。

 試合前に結構イメージする方だったんですけど、ボランチでプレーすることを想像していたら右サイド、ということもあるので、このポジションで出たらこうするとかじゃなくて、ピッチに入ったら自分のプレーをすることだけを考える感じです」

 もしボランチでのプレーをイメージしていたら、右サイドでの完璧なファーストプレーは生まれなかったかもしれない。あのファーストプレーがなければ、勢いに乗れなかったかもしれない。勢いに乗れなければ、PKを獲得することもなかったのかもしれない。

「しっかりと自分に矢印を向けたことで、こういった結果を得られたと感じています」

 状況を受け入れ、チームとして求められることを遂行するために最善を尽くそうとする意識がこの試合の天野のプレー、ひいてはマリノスの勝利につながったと言える。

 そして、自らの活躍の前に奮闘した仲間への労いも忘れない。

「自分の活躍も…」

「途中出場って難しいんですけど、相手も疲弊している。ジョルディがそこまで相手を疲弊させてくれたと思うし、自分の活躍もバトンの受け渡しの結果だと思います」

 マリノスユース時代に全日本ユース準決勝でPKを外して勝ったにもかかわらず悔し涙を流したのも、3人体制の1人として初めてキャプテンを任された2019年に「チームをまとめるのはキー坊(喜田拓也)に任せる」と話していたのも、もう遠い過去の話。

 この日の日産スタジアムには、PKを決めただけでなく、プレーでチームを牽引する背番号20の姿があった。

「ここで安心したら足元をすくわれる。もう1回(次の試合まで2週間の)準備期間があるので、しっかりやっていきたい」

 マリノスが勝利したことで第35節までに湘南ベルマーレ、アルビレックス新潟のJ2降格が決まった。残り3試合で18位・横浜FCとの勝ち点差は5。次節にも残留が決まる可能性がある。

 まだ油断はできないが、残留に向けた大きな勝利だったことも、その殊勲者が天野だったことも間違いない。自身のチャントで求められるように、天野は雨が降った横浜に虹を掛けたのだった。

(取材・文:​​菊地正典)

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【了】

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