明治安田J2リーグ第35節が2日に行われ、ジェフユナイテッド千葉は北海道コンサドーレ札幌と対戦し、5-2で勝利した。J1自動昇格を狙うチームにとって、ホームで行われた今回の試合は絶対に落とせないものだった。チームの3点目を決めた椿直起は、この勝利の重要性を認識しながら「ホッとした」という感想にとどめている。(取材・文:菊地正典)
今季最も成長した男、椿直起
9月2日のいわきFC戦以来ちょうど2カ月ぶり、11試合ぶりに決めたゴールは、試合の流れとチームの勝利を引き寄せる貴重なゴールだった。
「ヘディングでのゴールは初めてでしたね。ゴール自体、自分でもいつ以来なの?と思うくらい久々だったので、ひとまずよかったです。こういう勝利はうれしいですし、1つ決められてホッとしています」
5-2で快勝した11月2日の北海道コンサドーレ札幌戦後、2-1の状況で3点目を決めた椿直起は、そう言って穏やかに笑う。
その表情は、1カ月と少し前とは別人のようだった。
9月27日のロアッソ熊本戦後、椿は報道陣が待つ取材エリアにうつむきながら現れた。こちらの声掛けに対して顔を起こしたものの、「今日はちょっと……」と力なく話しただけでその場を去った。
60分から途中出場し、チームが同点に追いついたあとの決定機を迎えたものの、決め切ることができなかった。結果は2-2。試合終了のホイッスルが鳴るとうなだれ、スタジアムを一周する際も力なくチームの最後方を歩く。
ゴール裏のサポーターにあいさつしたあとにも一人残り、両手を合わせて頭を下げた。
自分のせいで勝利を逃した――。自責の念にかられていた。
今季の千葉において、椿は最も成長した選手の1人である。
チーム唯一のリーグ戦全試合出場
開幕前から体のキレやボールフィーリングがよく、シーズン序盤は「いままでこんなにやったことがない」と言っていた守備、プレスバックでの貢献もいまや当たり前になった。
私生活でも2月に結婚したことで食事面とメンタル面が安定し、プレーへの好影響を「否定しないですよ」と照れくさそうに笑うこともあった。
昨季はリーグ38試合中出場22試合、うちスタメン出場は15試合だったが、今季はここまでチーム唯一の全試合出場を続けており、うちスタメン出場も30試合。出場率は約60%から100%、スタメン出場率も約40%から約85%に跳ね上がっている。
今季の千葉は絶対的エースだった小森飛絢が去り、次のエースと目された田中和樹が相手の対策に苦しむシーズン前半を過ごしたうえ、7月5日のサガン鳥栖戦で今季絶望となる重傷を負った。
それでも千葉がシーズン序盤のスタートダッシュに成功し、いまもJ1自動昇格を争い続けられているのは、左サイドを突破してチームの攻撃に勢いをもたらし、チーム最多の5アシストをマークするなどチャンスメイクする椿の存在と成長があったからだ。
成長はプレー面に限られない。今年で25歳という年齢もあり、昨季までの椿はプレー以外の言動でチームに何か影響を与えることは米倉恒貴、鈴木大輔、田口泰士といったベテランに任せるタイプだった。
「もっとコミュニケーションを取ろうよ」
しかし、今季は例えば遊びの要素が強いサッカーバレーでも「もっとコミュニケーションを取ろうよ」と強い口調で指摘するなど、積極的に声を出すようになった。
フル出場できる、もっと長い時間プレーしたいと思いながらも60分台、70分台での交代が多いが、ベンチに下がったあともその悔しさを押し殺す。椿がベンチの前に立ってピッチに激励の声を送る姿は、もはや千葉の試合終盤で当たり前に見られる光景である。
そんな椿の成長を感じている一人が、鈴木椋大だ。自身が試合に出られない悔しさを押し殺しながらチームを最優先で行動する守護神は、「(横浜F・マリノス)ユースの後輩なのでもっとやれよと思う」と冗談も言いながら、椿についてこう話す。
「今年はチームに対してめっちゃ声を出すようになったんですよ。練習中もそうだし、試合前もそうだけど、自覚が出てきていると感じます。自分で何かしようとしていると感じるし、代えられたときも誰よりもチームを盛り上げている姿を横で見ていると、成長したなと感じます」
責任、自覚といった言葉は、今季の椿から頻繁に聞かれるようになった言葉だ。それだけ感じているということでもある。
だからこそ、悔しかった。
試合に出場しているからこそ、攻撃陣として求められるゴールが欲しい。ゴールできなければいつも悔しいが、熊本戦はその思いが顕著に表れた。
「まあ、いろいろ……なんだろうな……」
言葉を探しながら、椿はゴールから遠ざかっていた時期を振り返る。
「全勝して自動昇格できなかったら仕方ない」
「試合に出ているからこそ責任も感じていますし、自分に矢印を向けながらいろいろやってきました」
課題に向き合いながら練習に励んできた。例えば、田中と同じように相手に対策され、縦への突破を消されるならばとカットインやミドルシュートを磨き続けている。
悔しさに苛まれ、落ち込みそうになることもあるが、ネガティブな要素はシーズンが終わってから振り返ればいいと考え、チャンスがあることをポジティブに捉えて前を向く。
この先の試合で自分が輝くために。チームを勝たせるために――。
その思いや取り組みが実を結んだゴールでもあった。
「(品田)愛斗くんのボールによって引き出されたゴールですし、ヘディングはなかなか決められるものではないです。でも、逆サイドのクロスに対してファーサイドに入ることは続けていますし、それが実ったゴールだと思います。最終的には5-2という結果になりましたけど、2-1になったときに『次の1点が重要』だと思ったので、意味のあるゴールだったと思います」
再びリードしてからわずか5分後に椿がゴールを決めていなければ、もっと拮抗した展開になっていてもおかしくなかった。今回の札幌戦で最も評価を得るのは先制点と2点目を決めたカルリーニョス・ジュニオだろうが、椿のゴールもまた、勝利するうえで貴重な得点だったことは間違いない。
ただ、ゴールはうれしかったが、試合が終われば「ホッとした」という感想にとどまる。それは11試合ぶりのゴールやこの試合の勝利が何かを決めたり約束したりするものではないからだ。
「僕らは全勝するしかない。全勝して自動昇格できなかったら仕方ないので、やるべきことをやるだけ」
J1自動昇格を懸けた戦いは残りわずか3試合。今回の札幌戦がそうであったように、やるべきことをやり続ければチームを勝利に導ける。椿はそう信じている。
(取材・文:菊地正典)
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