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J1 3週間前

「お前が行けという感じだったので…」蹴り直し直前の佐々木大樹が抱いたある思い。ヴィッセル神戸は「これを基準にしていかないと」【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Getty Images

 ヴィッセル神戸は16日の天皇杯JFA第105回全日本サッカー選手権大会・準決勝でサンフレッチェ広島を2-0で下し、連覇へ前進した。蹴り直しとなったPKを任されたのはハーフタイムに吉田孝行監督からカミナリを落とされた佐々木大樹だった。今季からエースナンバーである背番号13を背負う佐々木は、リーグ連覇の夢が潰えた責任を感じながらも新たな決意を口にしている。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
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「お前が行けという感じだったので…」

ヴィッセル神戸、佐々木大樹
【写真:Getty Images】

 武者震いに近い思いを、ヴィッセル神戸の佐々木大樹は感じずにはいられなかった。

 ちょっとした混乱をきたしていたパナソニックスタジアム吹田のピッチ上。自軍のベンチへふと視線を送ると、吉田孝行監督と目が合った。口の動きも含めて、指揮官が何を語っているのかがすぐにわかった。

「ベンチを見たら『お前が行け』という感じだったので、ありがたく受け取りました」

 サンフレッチェ広島と対峙した16日の天皇杯JFA第105回全日本サッカー選手権大会の準決勝。決勝進出を大きく左右する最大のターニングポイントが訪れたのは、神戸の1点リードで迎えた68分だった。

 広島ゴール前で生まれた混戦で、こぼれ球に素早く反応した守護神・大迫敬介と接触した武藤嘉紀がピッチ上に倒れる。

 そのままプレーを続行させていた小屋幸栄主審に対してビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が介入。小屋主審によるオンフィールド・レビュー(OFR)を経て判定がPKへと変わった。

 すぐさまキッカーとしてスタンバイしたのは、直前に広瀬陸斗に代わって投入されたばかりの大迫勇也。しかし、百戦錬磨の大黒柱が左隅を狙った一撃は、完璧に反応した大迫敬にセーブされてしまう。

 守護神を中心に喜びの輪を作る広島とは対照的に、大迫勇をはじめとする神戸の選手たちは呆然としている。もっとも、神戸の左コーナーキック(CK)で再開されると見られていたピッチ上の様子がちょっとおかしい。実はここでもVARが介入。大迫敬がゴールラインから離れるのが早かったとして蹴り直しが命じられた。

「決まるという自信があったというか…」

 次の瞬間、神戸のベンチが動いた。キッカーの変更。吉田監督から「お前が行け」と指名された佐々木は「驚きは若干ありました」と振り返る。

 26歳のアタッカーの脳裏を駆けめぐっていたのは、不動のエースの代わりにPKキッカーを、それも急きょ務める状況に対して抱く緊張でも重圧でもなかった。

「あっ、(自分に)任せてくれるんや、と」

 延長およびPK戦もある準決勝へ向けた練習では、自身を含めてほぼすべての選手たちがPKを成功させていた。そのなかで自分を指名してくれた。武者震いに駆られた佐々木は、こんな思いを抱いている。

「何か『決まる』という自信があったというか、決まる気がしていました。ゴールの後方に神戸のファン・サポーターが大勢いて、ちょっと安心して蹴られたのも大きかったと思っています」

 佐々木が思い描いていた通りに、低く、速い一撃がゴール左隅へ突き刺さる。リードを2点に広げた神戸の勝利と、2大会連続3度目の天皇杯決勝進出がほぼ不動のものになった瞬間だった。

 もっとも、ハーフタイムのロッカールームでは意外な光景が生まれていた。リードを奪っている状況にもかかわらず、吉田監督がカミナリを落とした。標的にされたのは1トップで先発していた佐々木だった。

「タカさんの期待に応えるという意味も込めて…」

「前半のパフォーマンスはダメだ。でも戦うことは誰でもできるから戦え。お前は必ず点を取れるから」

 吉田監督は神戸で3度指揮を執っている。最初に就任したのは2017年8月。解任されたネルシーニョ監督に代わって神戸を率い、2年目の2018シーズンに下部組織から昇格してきたのが佐々木だった。

「ずっと一緒に、けっこう長くやっていますし、常に愛情も感じてきました。ここでカミナリを落とす、落とさない、というところはタカさんなりにいろいろと考えて言ってくれているので」

 畏敬の念を込めて吉田監督を「タカさん」と呼ぶ佐々木は、自身が放ったシュートがゼロに終わった前半のパフォーマンスを振り返り、反省の思いを込めながら、さらにこんな言葉を紡いでいる。

「今日はカミナリが落ちるような前半だったというか、いつもよりカミナリが強かった。それ相応の怒られ方だったので、タカさんの期待に応えるという意味も込めて後半は切り替えてやっていきました」

 後半も引き続き1トップでプレーした佐々木は、大迫が途中投入された63分を境に、主戦場のひとつである左ウイングへと配置展開された。その直後に指名されたPKキッカーに、ハーフタイムにカミナリとともに飛ばされた「お前は必ず点を取れるから」という檄を思い出しながらこんな思いも抱いている。

「前半からのいろいろな流れがあったのかはわかりませんけど、そういうのもあるかもしれないですね」

 話をPKの場面に戻す。ペナルティースポットにセットしたボールの真後ろに立って、精神を集中させていた佐々木の視界に、ユース年代からしのぎを削ってきた同期の大迫敬の姿が入ってくる。

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