
Jリーグ 禁断移籍5選【写真:Getty Images】
これまで、Jリーグの移籍市場において話題となった取引がいくつもあった。その歴史を紐解くと、全ての移籍が必ずしも歓迎ムードの中で行われたわけではないことが分かる。今回は、波紋を呼んだ“禁断の移籍”を5つピックアップして紹介する。※データは『Transfermarkt』『Jリーグ公式サイト(J1.LEAGUE STATS)』を参照[1/5ページ]
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MF:青木拓矢(あおき・たくや)

2014年時代の青木拓矢【写真:Getty Images】
生年月日:1989年9月16日
移籍先:大宮アルディージャ→浦和レッズ(2014シーズン)
移籍日:2014年1月6日
サッカー界では、同じ町を本拠地とするクラブ間の移籍は“禁断の移籍”として認識されやすい。
2014シーズン開幕前に大宮アルディージャ(現:RB大宮アルディージャ)から浦和レッズへ完全移籍した青木拓矢は、大宮サポーターの怒りを大いに買ってしまった。
前橋育英高等学校在学中に全国高等学校サッカー選手権大会で活躍した青木は、2008シーズンに大宮へ加入。高校サッカー界屈指の本格派ボランチが加入するとあって、大宮サポーターの期待は相当なものだったことが推察される。
6シーズンの在籍期間中はタイトルに恵まれなかったものの、公式戦156試合で12ゴール5アシストをマーク。大宮の中盤は青木抜きではまわらないほど、その存在感は絶大だった。
それだけに、2014年1月の退団発表はサポーターを大いに驚かせたはずだ。
しかも、移籍先は大宮と同じさいたま市を本拠地とする浦和である。青木の決断は背信行為と見なされ、当時多くのサポーターの不評を集めた。
なお、この移籍により、青木は大宮から浦和へ完全移籍した史上初の選手となった。
浦和加入後に左腎損傷で戦線を離脱した青木だったが、何という運命のいたずらか、復帰戦となったのはJリーグヤマザキナビスコカップ(現:JリーグYBCルヴァンカップ)・グループステージ第2節の大宮戦だった。
その上、87分には決勝ゴールまで決め、浦和を2-1の勝利に導いているのだ。
眼前で最高のパフォーマンスを披露するかつての同胞を、大宮サポーターがどのような思いで見つめていたのかは、想像に難くない。