
北海道コンサドーレ札幌の佐藤陽成【写真:Getty Images】
北海道コンサドーレ札幌は3月28日、明治安田J2・J3百年構想リーグ第8節で藤枝MYFCと対戦し、1-1からのPK戦の末に勝利した。この一戦が「自分のサッカー人生を左右する」と思って臨んでいたのが大卒ルーキーの佐藤陽成。Jリーグ初スタメンながら、いくつもの決定機を演出し、持ち味の一端を示してみせたが、本当の勝負はここからだ。(取材・文:黒川広人)[1/2ページ]
佐藤陽成に訪れた「自分のサッカー人生を左右する最後のチャンス」
シーズン前、川井健太監督はこう言っていた。
「僕はレギュラーを固定したくないんです。準備をし続けている選手が大前提ですが、こちらがワクワクすると思えば、その選手を使いたい。毎週スタメンが変わる可能性もあると思います」
実際、今季の北海道コンサドーレ札幌は、ケガ人を除くフィールドプレーヤー全員に出場機会が与えられている。日頃の準備を怠らない選手にチャンスが巡る。それが川井体制のひとつの特徴だ。
今節、その機会をつかんだ一人が佐藤陽成だった。来るべき瞬間に備え、地道にトレーニングを積み重ねてきた自負がある。
「スタンドで見るしかない状況が本当に悔しかったです。でも、出場機会がない間も、自分のプレーにフォーカスし続けていました。自分の良さを出すには何が必要かを考えて、自主練も続けて、コーチにも色々と聞いて取り組んできました。正直、きつかったです。でも、出番が来れば、やれる自信は持ち続けていました」
そして、その瞬間は突然訪れる。
「藤枝(MYFC)戦の2日前の練習で、急にスタメン組に入れてもらって、チャンスが来たと思いました。ここでやらないと俺は終わる。自分のサッカー人生を左右する、最後のチャンスという気持ちで臨みました」
苦しい時間を支えたチームメートの存在もあった。
「機を見て声をかけてくれていました。どんなときも自然に接してくれて、裏で俺の良さを引き出してくれる。本当のお兄ちゃんみたいな存在です」
そう全幅の信頼を寄せるのが、高校・大学とともに戦ってきた、木戸柊摩だ。入場時もその背中を追うようにピッチへ足を踏み入れ、円陣でも自然と隣に立った。前節、決勝ゴールを挙げた木戸の後を追うように迎えた、初めてのリーグ戦スタメン。
だが、そのスタートは思わぬ形で始まった。
「今はそこも楽しいですよ」攻守にわたって手応えをつかんだ69分間

リーグ戦初先発となった北海道コンサドーレ札幌の佐藤陽成【写真:Getty Images】
開始早々、大学時代に強化したプレッシングでボールを奪いに行くも相手と接触し、イエローカードを受けた。
「あのスピードでボールを奪えると思って足を出したんですけど…出ちゃったなと。でも、焦りはなかったです。あれで逆に試合に入れたと思います」
前半15分。アカデミ―時代からの同級生・川原颯斗の絶妙なスルーパスに抜け出し、フリーの原康介へ完璧なクロス。得点には至らなかったが、佐藤の持ち味が凝縮されたプレーだった。
「『康介―!』って感じでした(笑)あれは決めて欲しかったですね。でも、抜け出しも上手くいって、自分で打つ選択肢も持ちながら、康介がフリーなのがしっかりと見えたので『頼む!』という感じでしたね。そもそも、川原、こんなパス蹴れるんだと驚きましたけど(笑)」
さらに、前半25分。大森真吾とのワンツーから抜け出し、ドリブルで前進。この際もシュートも頭をよぎったが、最後は木戸へラストパス。決定機を続けて演出した。
「打ってもいい場面かなとも思いましたけど、ドリブルしながら、相手守備がファーのコースを消そうとしてきたので。マイナスが空くと思って、(木戸)柊摩に出しました。柊摩は『引っ張られなければ入れられた』と言っていましたけどね」
攻撃面だけでなく、守備でも存在感を発揮した。
「自分の強みは裏抜けとプレッシング。大体大(大阪体育大学)の4年間を経て、守備も得意になって、今はそこも楽しいですよ。自分の良さと課題の両方が出て、次につながる試合だった」と振り返る通り、攻守に手応えをつかんだ69分だった。
だが、本当の勝負はここからだ。プロの世界で結果を残し、生き残るために。佐藤には、かねてから語っていたひとつの“目標”がある。
「プロとして戦う姿を届けたい」。佐藤陽成がその想いをより強くした出来事

昨年8月にJリーグデビューを果たした北海道コンサドーレ札幌の佐藤陽成【写真:Getty Images】
「コンサドーレの一員として、(大和ハウスプレミスト)ドームでピッチに立つ姿をお母さんに観てほしい」
母・絵利子さんにプロとして戦う姿を届けたい。大学を経て、札幌に戻る決断をした理由のひとつに、『稚内にいるお母さんが、一番観に来やすい場所だから』と語ってくれたこともある。
その想いをより強くした出来事が、今から2年ほど前のことだ。
佐藤が大学3年時、母から受けた連絡に衝撃を受けた。
「胃に癌が見つかったと。電話越しでお母さんも泣いていて…。これはやばいと思って、すぐに稚内に帰りました。『初期発見だから手術すれば大丈夫』と言っていましたけど、俺に隠しているだけかなとも思ったりもして。本当に心配でした」
佐藤は小学校の頃、父も癌で亡くしている。女手一つで育ててくれた母への感謝の想いは、人一倍強い。だからこそ、不安で仕方がなかった。
だがそのとき、佐藤自身も苦境の中にいた。渇望していた札幌への早期内定が見送られ、勝負と意気込んでいた大学3年のシーズン早々に負傷離脱。左足首の手術も控えるタイミングと重なった。
「連絡が来たのが、自分の手術予定日の1週間前でした。すぐに病院の先生にお願いして、稚内に戻らせてもらって。トップ昇格が保留になったのも含めて、あの時期はしんどかったですね」
当時、スタンドで後輩たちの試合を見ながら、「しんどいっす」と呟いた佐藤の姿が、強烈に印象に残っている。だが、そこから状況は好転した。
「今はもう大丈夫です!」と語るほど、絵利子さんの体調は回復し、自身も札幌加入を勝ち取った。孝行息子は、すでに母親へプレゼントを送ったが、ここから、さらなる親孝行を誓う。
「今年、帰省したときにコーヒーマシンをプレゼントしました。でも、もっとしてあげたいんですよね。やっぱり自分がプロとして、サッカーをして、活躍する姿を一番、見せたいです」
佐藤は、リーグ戦のホームゲームでメンバー入りの経験がなく、稚内に住む母・絵利子さんをスタジアムに招く目標も、まだ叶っていない。