フットボールチャンネル

J1 4時間前

「あ、もう明日から練習できない」壮絶な日々の先に灯った光。ジェフ千葉、猪狩祐真が活躍を誓う理由「そういう選手の励みに…」【コラム】

シリーズ:コラム text by 菊地正典 フリーライター photo by Getty Images
猪狩祐真 ジェフ千葉
ジェフユナイテッド千葉でプレーする猪狩祐真【写真:Getty Images】



 キャリアに影を落とした膝の負傷から1年半――。ジェフユナイテッド千葉でプレーする猪狩祐真は、いかにして挫折を乗り越えたのか。プロ契約後の1年をピッチの外で過ごした男は、今季からようやく日の目を見ている。川崎フロンターレのDNAを継承する彼の身に、一体何が起きていたのか。(取材・文:菊地正典)[1/2ページ]
——————————

明治安田J1百年構想リーグ・地域ラウンド第12節
川崎フロンターレ 2-1 ジェフユナイテッド千葉
Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu

等々力のスタンドから拍手が送られた、かつてのアカデミー生

川崎フロンターレ対柏レイソル
川崎フロンターレのサポーター【写真:Getty Images】

 川崎フロンターレから離れ、8年あまり。さまざまな苦難を乗り越え、猪狩祐真がJリーガーとして憧れの舞台に立った。

 試合前のメンバー紹介。猪狩の名前が呼ばれると、Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsuに詰めかけた川崎サポーターから拍手が送られる。

 川崎でプロデビューし、この日もスタメン出場したイサカ・ゼインと比べれば小さい拍手ではあったが、確かに拍手が送られていた。

「本当ですか?」

 ロッカールームに引き上げていたため知らなかった猪狩はそれを聞くと、声のボリュームを大きくし、目を丸くした。



 川崎には過去に在籍していた選手にサポーターが拍手を送る文化があることは知っている。それでも、自分がその対象に入るとは思っていなかったのだ。

「認知してもらえているのはすごくうれしいです。違うチームですが、プレーで恩返しができるように、もっと認知してもらえるようにしていきたいです」

 猪狩は小中学生時代を川崎で過ごした。U-15やU-18で三笘薫と同期かつ田中碧の1学年上の兄を追うように小学5年生でU-12に入団した。この試合に出場した宮城天は1学年上の先輩、松長根悠仁は2学年下の後輩にあたる。

 ジュニアユースの最終学年だったのが2017年。このクラブが初めてリーグ制覇を果たしたシーズンだ。

「小中学生のときに一番試合を見てきたスタジアム」

2017年にJ1初優勝を果たした川崎フロンターレ
2017年にJ1初優勝を果たした川崎フロンターレ【写真:Getty Images】

 悲願達成の瞬間、早稲田大学を経て川崎に加入したプロ2年目の神橋良汰が歓喜する映像が話題になったが、あの大宮アルディージャ(現:RB大宮アルディージャ)戦で猪狩も等々力のベンチ裏にいた。

 8年あまり前のことだが、思い出すと未だに顔がほころぶ。

「初優勝のときのスタジアムの歓喜は一緒にピッチで味わっています」

 中学卒業後は日本大学藤沢高等学校に進学し、サッカー部でプレーした。

 2年生で出場した全国高校サッカー選手権では3回戦で仙台育英学園にPK戦で敗れたが、その舞台は等々力。3年生のときに選手権の神奈川県大会で桐光学園にPK戦で敗れ、準決勝で涙を呑んだのも等々力だった。



「小中学生のときに一番試合を見てきたスタジアムですし、高校でもゆかりがありました。Jリーグの舞台でそういう場所に立てたのは、すごく感慨深かったです」

 猪狩はどんな選手なのか。川崎のアカデミー出身であるのに加え、FCバルセロナが好きで少し前ならシャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタ、最近ならペドリやフレンキー・デ・ヨングを参考にしている。

 そうした説明を川崎戦の87分のスルーパスや90+2分の前進からの縦パスといったプレーに添えれば十分かもしれない。

 とにかくボールを扱う技術に優れる。川崎のアカデミーを離れたあともこだわり続けた『止める・蹴る』の技術は、17年ぶりにJ1で戦うジェフユナイテッド千葉の中でも群を抜く。

人生最大の挫折を味わった猪狩祐真

ジェフユナイテッド千葉
2025シーズンにJ2を戦っていたジェフ千葉【写真:Getty Images】

 例えば、歩きながらリフティングすれば、その様子を撮影し、映像を加工してボールを消せばただ歩いているようにしか見えないのではないかと思うほどだ。

 そんな猪狩が千葉への加入内定が決まったのは、産業能率大学の4年生だった2024年5月。同時にJFA・Jリーグ特別指定選手として認定されたが、千葉に合流することはなかった。

 特別指定選手が合流しないのは珍しいことではないし、ケガをしているのも周知の事実だった。

 ところが、2025シーズンのチームが始動しても猪狩の姿がない。クラブから発表もなく、トレーニングに参加していない猪狩を訝しがる声も少しずつ大きくなっていった。



 ケガをしているのではないか。そもそも大学のころに負ったケガが治っていないのではないか。

 そんな声だけならまだしも、大学の卒業単位を取れずに留年しているのではないかという声すらあった。

 猪狩の真面目さを知ればそんなはずはないとわかるのだが、まだ何者かわからない新人に対し、さまざまな噂が上がっていた。

 このとき、猪狩は人生最大の挫折を味わっていた。そして、その挫折から立ち直ろうとしていた。

 猪狩は千葉への内定が決まった5月時点で膝を負傷していたが、6月末に復帰する。

1 2

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!