サッカー日本代表は、3月の英国遠征でスコットランド代表、イングランド代表を連破し、歴史的快挙を成し遂げた。しかし、その裏側には、単なる勝利では語りきれない〈混乱〉と〈対話〉の積み重ねがあった。日本代表を現場で追うスポーツライターのミムラユウスケが、選手や指揮官の言葉を手がかりに、そのプロセスをひも解く。イングランド戦のハーフタイムに起きた出来事こそ、“W杯優勝”へつながるプロセスだった。(取材・文:ミムラユウスケ)
なぜ「変えない」という決断が下されたのか
日本がアジアのチームとして初めてイングランドを倒した3月31日の夜。ハーフタイムに、日本代表は揺れていた。
守備を変えるか、このまま行くか。後半開始直前になっても、ロッカールームでは結論が出ていなかった。
後半に向けて円陣が組まれ、普段であればキャプテンの掛け声とともに勢いよくピッチへ飛び出していく時点でも、モヤモヤは消えていなかった。
ロッカールームを出て、ピッチへ向かう通路のスペースでも、話し合いは続いていた。
選手の中で、最後に口を開いたのは、フェイエノールトで日々サッカーを言語化している2人——渡辺剛と上田綺世だった。
その言葉を受けて、最終的に斉藤俊秀コーチがこう話した。
「このまま行こう!」
このシーンはJFAのYouTubeチャンネルであるTeam Camにも“意図的に”インサートされている。
詳細は戦術的な話ゆえ、選手たちは明言していない。しかしチームが前へ進むために有意義な時間だったことは、誰もが胸を張っている。
イングランドを倒した直後、上田はこう振り返った。
「前回の試合で出た課題だとか、僕らが取り組んでいることに対しての結果というのは、各々が明確に、思っていることがあって。それを共有した上で、スタッフとどういう形にしていくか(話し合えた)。
それが、仮に、自分たちがやりたい形かどうかは……(断言できない)。それぞれが、『こうした方が良い』みたいなことっていろいろあると思うんですよ」
その具体例として挙げたのが、ハーフタイムでのやり取りだった。
「今日も、前半と後半で、守備のやり方を少しアップデートしようと言う話が出ましたけど……前半は決して悪かったわけではない。
それで(守備の連係が)ズレたときに、戻す作業の方が、難しいんじゃないかと言う結論になれたんです」
そして、最後に上田が力を込めて語った言葉がある。その言葉にこそ、イングランド戦前日の練習と、ハーフタイムの話し合いでチームが前進した証が刻まれていた。
「事前に起こり得ることを想定し、自分たちで話し合って共有できるというのが、今はできている。『同じ絵』を描けているんです」
なぜ、このシーンがそれほど大きな意味を持つのか。
12年前の反省や教訓を共有できている現日本代表
2014年ブラジルW杯の初戦、コートジボワール戦のハーフタイムを思い出さなければならない。
本田圭佑のゴールで先制したあの試合前半、攻守において相手に主導権を握られていた。
内容と結果が伴わない45分間を終え、リードしているのだからそのままの戦いを続けるべきだと考える者と、何か変えたほうが良いと感じていた者がいた。
しかし、有効な話し合いは行なわれず、監督からも明確な指示は送られなかった。そして後半に逆転負けを喫した。
※なお、このときのコートジボワールを率いていたのが、今度のW杯でチュニジア代表を指揮するサブリ・ラムシである。
あれから12年。日本代表という組織が過去に抱えていた課題や苦い記憶を、現代表に伝え続けている者たちが今のチームにはいる。
かつてキャプテンを務めた長谷部誠(現アシスタントコーチ)はその筆頭だし、今回はケガでメンバーを外れた長友佑都もそうだ。
長友はホテルで選手たちと過ごすとき、説教臭くならないよう注意しながらも、過去の反省や教訓について、当時を知らない世代と共有している。
だから、苦い歴史が繰り返されるのではなく、苦い歴史を経て前に進める集団になれた。
そしてもう一つ。選手たちが主体的にディスカッションをしたあと、最後に総括する声をあげたのが斉藤コーチだったという事実は見逃せない。
以前は守備の戦術面の判断や方針の多くを斉藤コーチが一手に担うことになっていたが、昨年6月にW杯予選が終わった後からは、その仕事を長谷部コーチとともに取り組むようになった。
そうした“構造改革”で、斉藤コーチが長年にわたる指導者としてのキャリアで得たものと、ヨーロッパの最先端で戦い続けてきた長谷部コーチの頭脳とが融合しつつある。
守備担当のアシスタントコーチである斉藤コーチもかつては選手からの信頼を失いかけたりもしていたが、その様相も変わってきた。
むしろ、斉藤コーチもまた成長しているからこそ、あの言葉が出たのではないだろうか。
「このまま行こう!」という一言が持つ重さは、選手だけではなくコーチも、そして、組織全体まで含めた日本代表の成長と言い換えられる。
そうした過程を経て、ウェンブリーの夜、試合は1-0で日本が勝利した。選手とスタッフの静かな話し合いが、ピッチ上で結実した瞬間だった。
もちろん、完璧ではない。W杯本番では、さらに厳しい強豪が待ち受ける。1日の修正で済む場面ばかりではないだろう。
しかしこの英国遠征2連勝の裏側には、カメラには映らない〈危機感〉と、それを乗り越えようとする選手たちの声があったのだ——。
理想を主張するだけではW杯で勝てない
では、イングランド戦前日にチームが見せた進化について、森保監督はどう考えているか。
Team Camでは語られた以上の話を深く聞いてみたいと考えて、代表戦後のヨーロッパ視察を終えて空港についた監督に、イングランド戦前日の練習の有益なやりとりをどうとらえ、それが翌日の試合の采配にどのようにつながったのかを直接たずねてみたが(森保一監督は語気を強めた「まだ、あの質問のことを引きずっているんですか!?」。サッカー日本代表のプロセスを問う【現地取材コラム】)、質問への答えはもらえなかった。
しかし、森保監督はスコットランド戦で“ファイヤー・フォーメーション”を採用した意図を下記のように語っている。
「試合の中ではスクランブルもある。相手がこうしたらこうする、こうなったらこうする……。それは本当にできますか?!
チームとして最大限の準備はしますが、そうではない状況でスクランブルの中から点を取ることもある。
攻撃と守備のバランスが良いに越したことはないですが、時にはリスクを冒してでも点を取りにいかなければいけない場面も想定しています。
だから、点は取れたけど守備の答えがなかった、ということではないです!」
この言葉には、あまりにも多くのことが詰まっていた。
今回は決して計算された混乱ではなかった。しかし、監督がその意図まで説明しないため(もともと、その意図を説明するスタイルでもないとも言える)、それぞれが考えて行動し、一つの良い結末を迎えた。
上田は言う。「守備のところがあまり噛み合わなかったので、そこから崩れないように」
伊東は言う。「うまく確認はできたので、いいオプションかなと思います」
藤田は言う。「チームの規律だったりをリスペクトしながら、チームのために、戦えている」
いずれも2026年W杯に向けた、日本代表の〈次のステップ〉を象徴する声だ。スコットランド戦の危うい勝利は、決して無駄ではなかった。
あの反省なしに、イングランド戦前日のディスカッションも、ハーフタイムの通路での「このまま行こう!」も生まれなかっただろう。
理想を主張するだけでは勝てない。短い時間しか活動できないといっても、W杯優勝のためには出てきた課題を一つでも多く超えていくしかない。
選手たちは日本代表の長い歴史の中に自分たちがいることを自覚しながら、そう行動した。
そこにこそ、今回のイングランド遠征の成果はあった。
(取材・文:ミムラユウスケ)
【著者プロフィール】
2006年7月にスポーツライターとしての活動をはじめ、2009年1月にドイツへ渡る。ドルトムントやフランクフルトに住み、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。2016年9月22日より、拠点を再び日本に移す。『Number』などに記事を執筆。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、岡崎慎司の著書「鈍足バンザイ!」の構成も手がけた。
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【了】



