ガンバ大阪がAFCチャンピオンズリーグ2(ACL2)を制覇した。選手、監督はもちろんのこと、スタッフ陣の貢献も、クラブがアジアの頂点を取る上で欠かせなかった。そこで本稿では、ピッチ外でガンバを支える“仕事人”たちにフォーカス。現地サウジアラビアで取材した高村美砂氏が、その奮闘を綴る。第2回はチーフトレーナー(フィジオセラピスト)の田中雄太について。(取材・文:高村美砂)[1/2ページ]
「誰がどう見ても疲労は払拭しきれないよね」
AFCチャンピオンズリーグ2(ACL2)の決勝に帯同していた田中雄太チーフトレーナー(フィジオセラピスト)は、優勝を決めた瞬間、「ホッとしました」と安堵の言葉を口にした。
「リヤドに来ている榎本(雄介)ドクター、鍛治(亮輔/トレーナー兼フィジオセラピスト)、榛葉さん(正太郎/トレーナー)も、大阪に残って仕事をしてくれている中村(有希/フィジオセラピスト)や池口(慧/トレーナー)、吉道さん(公一朗/アシスタントフィジカルコーチ)も、みんなが僕と同じようにホッとしたという感情になっているんじゃないかと思います。
ここまでハードな連戦が続いた中でメディカルチームも全員で選手のコンディショニングやリハビリに向き合ってきました。アル・ナスル戦を前に決勝の舞台に立ちたいという選手の気持ちは理解しながらも、自分たちの役割として、ドライな部分は必ず持っておこうというのが合言葉でした。
どれだけ選手が試合に出たいと願っても、チームのためにならない状態なら、つまり、ピッチに立ってすぐに交代枠を1枚使ってしまわなければいけなくなるようであれば、あるいは極端な話、ここでの無理が選手生命に関わるようであれば、そこはドライに本人には『治すことに専念しよう』と伝えなければいけないと思っていました。その見極めが一番気を揉んだ、難しいところだった気がします」
2月7日の明治安田J1百年構想リーグにおける『大阪ダービー』で幕を開けた今シーズン。ガンバはACL2決勝まで、実に99日間で24試合もの公式戦を戦ってきた。
つまり平均すると4日に1度、公式戦を戦ってきたことになる。
「アル・ナスル戦前はようやく1週間空いたとはいえ、選手の体にまだ疲労が残っていたのは間違いないです。直前に戦った『11連戦』もアクシデントが続いたことで、休ませる予定だった選手が急遽、ピッチに立ったこともあり、予想を上回って消耗していた選手もいました。
ましてACL2は移動もありますから。決勝戦もトランジットや手続きの時間を含めると20時間近く、移動に要したわけで、誰がどう見ても疲労は払拭しきれないよね、という中でのリヤド入りでした」
事実、その過程においては、時間を追うごとにケガ人が増えていったのも周知の通りだ。
宇佐美貴史と倉田秋が言った頼もしい言葉
4月11日の第10節・セレッソ大阪戦では半田陸が長期離脱を強いられる大ケガを負い、ACL2準決勝、バンコク・ユナイテッド戦を制して決勝進出を決めて以降も、ウェルトン、イッサム・ジェバリ、美藤倫、安部柊斗ら、主力として戦っていた選手が相次いで負傷した。
結果的に半田以外はいずれもリヤドに入ったものの、移動中も、また到着した宿泊ホテルでも、絶えず痛めた箇所のケアを続けながら決勝の舞台を目指した。
また、離脱はしなかったものの、痛みを抱えたまま騙し騙し戦いを続けていた選手も数名いて、メディカルチームは一瞬たりとも心休まる瞬間なく決勝の日を迎えたという。
「みんながそれぞれに、いろんなものを抱えていた決勝戦でしたが、とにかく、その大一番を戦えることが選手のモチベーションというか、頑張れる理由になっていたんじゃないかと思います。また、この日程を戦ってきたからこそチームに備わった『逞しさ』も確かにあって、途中からは『(中2日ではなく)中3日なら楽やな』みたいな声が聞かれるようにもなっていました。
いろんなクラブスタッフのご尽力のおかげで、宿泊ホテルを含めた環境面ではできる限り快適に過ごせるように配慮していただいていた中でも、やはり海外ですからね。例えば、リヤドでも予想外の渋滞に巻き込まれて練習に行くのに1時間もバスに揺られたみたいなことが起きても、そこにストレスを抱えるのではなく、チーム全体が『この状況でいかにベストを追求できるか』を考えられるようにもなった。これは、ベテラン勢を含め日本代表や世代別代表を経験している選手が多かったことも強みになったかもしれません。
僕たちが細かいことを伝えなくても、ベテラン勢が日常会話の中で食事の摂り方や移動時の留意点などを伝えてくれる姿をよく見かけました。タイに遠征した時だったか、前々日練習が大雨だった日があったんですけど、その時も貴史(宇佐美)や秋(倉田)ら、年齢が上の選手が涼しい顔で『こんな中でどれだけ楽しめるかやな』と言ってくれて、そういう彼らに若い選手が引っ張られていったところもありました」
中でも決勝を前にメディカルチームがもっとも気を配ったのが安部柊斗だ。
ヴィッシング監督から伝えられたこと
5月6日の第15節・名古屋グランパス戦における左足首の受傷を受け、一時は遠征に帯同しない予定だったが、遠征前日にイェンス・ヴィッシング監督からメディカルチームに「5〜10%でも可能性があるなら連れて行きたい。決勝までに少しでもその数字を増やしてほしい」という意向が伝えられ、急遽、リヤド帯同が決定。現地入り後もメディカルチームが一体となって1秒を惜しむようにケアを尽くし、当日のメンバー入りが実現した。
「簡単にいうと強度の捻挫です。本人としてはケガを負った瞬間から『ギリギリまで諦めずにやれることをやる』とファイティングポーズをずっと見せていたのもイェンス(ヴィッシング監督)が連れて行きたいと思った理由かもしれません。『仮にプレーできなくても柊斗にはリーダーシップグループとしての役割を果たしてもらいたい』とも伝えられていました。
そうした中、柊斗(安部)自身が漲らせた覚悟にも触れながら、初日練習は完全別メニューで調整し、14日は条件付きながら全体練習に合流させました。通常のリハビリのように『このプレーはできる』『あのプレーはできない』と判断している時間がなかったからこそ、全体に混ぜてみて本人の感覚を確認するのが狙いでした。ただ、これも移動を含め、現地入りしてからの彼の状態を見て判断したことで、日本を発つ時にはそれすらプランを立てていませんでした。
というより、日々、経過を見なければいけない状態で、プランを立てられなかったという言い方の方が正しいかもしれません。先ほどもお話ししたように、彼がどれだけ気持ちを見せても、チームや彼自身のためにならないのなら諦めさせるのも僕らの仕事だ、ということも常に頭にありました。
ただ、結果的に柊斗自身の執念に近い奮闘があり、付きっきりでケアにあたってくれた鍛治のサポートもあってファイティングポーズをとったまま試合当日を迎えられました。もちろん、だからと言ってメンバーに入れるかどうかは監督の判断でしたが、結果的にイェンスも試合前日の柊斗の状態を踏まえて、メンバー入りを決めたんだと思います」
そうしたさまざまな戦いを繰り広げながら、たどり着いたACL2決勝の舞台。当然ながら、ここまでの99日間は、メディカルチームにとっても厳しい戦いの日々だったのはいうまでもない。



