日本代表が世界の頂点に近づくためには、どのような積み重ねが必要なのか。現役Jリーグ監督であり、ドイツでの指導経験も持つシュタルフ悠紀リヒャルト監督は、「JAPAN’s Way」を実現するためには、育成年代からの一貫した強化やセットプレーの精度向上など、目に見えない部分の積み重ねが欠かせないと語る。後編では、日本サッカーが世界一を目指すために必要な課題と、その先に描く未来像に迫る。(取材・文:高橋大地)[1/2ページ]
「スペインのように」では世界一になれない
――前編では世界のサッカーについて伺いました。日本には、優勝国のスタイルに影響される傾向があります。DAZNやNHKなどで決勝戦の中継にゲスト出演した森保一監督の発言を受け、再びスペイン寄りのサッカーを目指したいという機運が、ファンや協会の間で高まる可能性もあります。日本のサッカーについては、どのように考えていますか?
シュタルフ悠紀(以下シュタルフ):「スペインのように」という方向は、良くないと思います。
もう、どこかをまねする時代ではありません。コピーすること自体は重要です。戦後の産業も、さまざまなものをコピーするところから成長しました。しかし、それをさらに良くしていかなければ、トップには立てません。コピーのままでは、オリジナルには勝てないと思います。
ポゼッションについては、スペインから取り入れられる部分もあります。ただ、指導者として日本の選手を見てきて感じる最大の武器は、インテンシティです。この点では、世界一だと思っています。
今大会のデータを、「FIFA Training Centre」で閲覧したのですが、そこで公開されているデータを基に、AIなども使いながらフィジカルデータを比較しました。
例えば、僕が指揮するSC相模原の数値は、今大会のチームと比べても、群を抜いて上位に入ります。それほど、日本のJ3レベルの選手でも、世界のトップ・オブ・トップに走り勝てるのです。その強みを生かすべきだと思います。
その強みが生きるのは、ある程度オープンで、スピーディーな展開です。
スピーディーな展開は、ポゼッションとは相反する部分があります。ポゼッションには、ゲームをコントロールする狙いもあるからです。
自分たちの攻撃を準備するうえでポゼッションは必要ですが、自陣のゴール前からでもボールをつなぎ、ハイテンポで相手ゴールまで迫っていく。そうしたスタイルが、ほかの国にはまねできない日本独自のスタイルになるのではないでしょうか。
ボールを失った際のカウンタープレスのインテンシティ、奪い返して再び前へ出る力。「まだ走れるのか」「まだ選手が湧いてくるのか」と相手に思わせ、相手の心肺機能が追いつかなくなるほど走り続ける。いわば、フィジカルで殴っていくようなスタイルです。
これまでは「日本はフィジカルで劣っている」と言う人が多くいました。しかし僕は、フィジカルのなかでも、ランニング能力やアジリティ、クイックネスではまったく負けていないと、以前から主張してきました。今大会を通しても、その考えは間違っていないと感じました。
決勝のスペインはポゼッションを重視していたため、走行距離の数値が極端に高いチームではなかったと思います。スペインで最も走っていると感じたのは、マルク・ククレジャです。上下動が多く、逆サイドのペドロ・ポロも同様です。
それでも、「FIFA Training Centre」のスタッツでは、ハイスピードディスタンス、つまり時速20~25キロのゾーン4における走行距離が約700メートル、スプリントディスタンスが約200メートルです。チーム内ではかなり高く、突出した数字ですが、それでも120分間での数値です。
僕たちのチームで数値の高い選手や、ほかのJリーグの選手は、90分でそれを上回ります。それほどの差があるということです。
もちろん、暑さをはじめ、さまざまな条件の違いはあります。ただ、日本の夏はさらに暑い。僕たちには3分間のハイドレーションブレイクもありません。
そういう条件も踏まえて、インテンシティで殴るスタイルを、より構築していけばいいのではないかと思います。
攻撃のスピード感で言えば、モロッコに近いものがあります。アクラフ・ハキミのような選手は、試合が進むにつれて相手ディフェンスが捕まえられなくなります。しかし、それは前田大然にもできる。むしろ、前田大然のほうができるかもしれません。伊東純也にも可能です。
そうしたプレーができる選手がいて、さらに、日本人の武器である技術の高さもあります。息が上がった状態でも、一定以上の技術力を発揮できる。そして、全員が献身的に守備を行える。
したがって、非保持ではハイプレスをかける。保持時には、疑似カウンターというわけではありませんが、相手を引きつけてから、大きなスペースへスピーディーに出ていく。あくまで個人的な意見ですが、僕なら、そうした戦い方を主軸にします。それなら、ワールドカップのベスト4も狙えると考えています。
日本人の最大の武器は「量」にある
――日本の強みの源流は、どこにあると考えていますか?
シュタルフ:まず一つは、文化です。小さいころからよく走り、走らされてもいる。それは「走らせすぎ」として、否定的に捉えられてきた育成の側面でもあります。
しかし、練習量の多さは欧米とは比べものになりません。ドイツでは、小さい年代でも週4回ほど練習することはあるでしょう。一方、日本の子どもは週7日練習し、学校へ行く前にも公園でボールを蹴り、週末には二つのチームを掛け持ちすることもある。まず、圧倒的な量があります。
その是非はさておき、それが根本的な心肺機能につながり、技術力にもつながっています。残念ながら、あまりボールに触れさせてもらえない育成組織もまだありますが、そこが変われば、さらに良くなると思います。それでも、ボールに触れる機会は欧米の子どもより多いのではないでしょうか。
そうした環境が強みを生み出していることが一つです。加えて、それだけ練習しても大きなけがをしない。食文化、ケアの文化、お風呂の文化など、さまざまな要素があると思います。
DNAに由来する部分もあるのかもしれません。一発のパワーというより、しなやかさがある。あくまで選手を見てきたなかでの個人的な印象であり、科学的な根拠があるわけではありませんが、一般的な日本人の体の特徴として、体脂肪が少なく、俊敏に動けて、回復力も高いと感じます。
チームにも30代後半の選手がいますが、欧米の同年代の選手と比べると、まだ若いのです。見た目も、動きも若い。
僕の感覚では、ドイツでは30歳を超えると年齢を感じるようになり、さまざまな能力も低下していきます。しかし、JリーグやJ3で見てきた30代の選手には、そこまで強い衰えを感じません。さすがに34、35歳を超えると、少しずつ落ちてきますが。
その違いが何に由来するのかは、はっきりとはわかりません。人種的な要素も少しはあるのかもしれません。こうした話は難しい面もありますが、特徴として体が軽く、体重も重くない。いわばエコで、燃費がいいのかもしれません。また、育成年代から長年にわたる厳しい競争を経て、負荷に耐えられる選手がプロまで残っていることも関係しているかもしれません。
そのあたりは研究していないので、あくまで個人的な見解にすぎません。ただ、僕は両方の国の選手を見てきましたし、自分自身もいろいろな国でサッカーをしてきました。その経験から言えば、日本人が一番よく走ります。
それは明確な強みです。環境によって刷り込まれたものなのか、DNAに根差しているのかはわかりません。
また、セットプレーは現在、弱点として扱われていますが、さらに掘り下げられる分野だと思います。攻撃のセットプレーは、勤勉さがものを言う部分でもあります。さまざまなパターンやトリックを入念に仕込める。キッカーの技術についても同様です。
左利きのキッカーなら、中村俊輔は世界的に見ても名前が挙がるくらい、いいキックを持っていました。それは、もちろん才能もありますが、相当蹴り込んでいるわけです。
以前、外国から練習生が来た際、セットプレーの練習に非常に興味を示していました。「このような練習はしたことがない」と言うのです。
振り返れば、僕もヨーロッパでプレーしていたころ、セットプレーだけを切り離して入念に練習した記憶がありません。守備は感覚的で、「とにかくはじけ」「マンツーマンでついていけ」。攻撃も、「だいたいこのあたりにボールが来るから、突っ込め」という程度でした。
その点でも、日本人の勤勉さを生かせます。相手の分析を踏まえ、よりトリッキーで、得点につながる形をさらに作れると思います。
そうした要素も含め、日本はまず「量」で相手を上回る。それが有効だと思います。
スペインに、本当の意味でトップ・オブ・トップと呼べる選手が何人いるでしょうか
――相模原は、Jリーグのなかでも、セットプレーのトリックやパターンがかなり多い印象があります。
シュタルフ:僕たちはJリーグ60チームのなかでも、セットプレーから多くの得点を挙げていたほうだと思います。※SC相模原は、百年構想リーグでセットプレーから15ゴール、PKから4ゴールを挙げている
――やはりそうなのですね。試合を見た際にも、セットプレーにかなり取り組んでいると感じました。
シュタルフ:セットプレーは重要です。黒田剛さんが率いる町田ゼルビアも、セットプレーを多用する印象があります。青森山田も、セットプレーを武器に連覇したような印象があります。
アーセナルもセットプレーにかなり取り組んでいるそうです。それによってプレミアリーグで何十年ぶりかの優勝、という話になるのでしょう。とにかく、セットプレーが大事なのは間違いありません。
――日本の話を続けると、協会が以前発表した「Japan’s Way」や「JFAの目標2030」では、2030年までにベスト4という目標を掲げていたと思います。2030年はもう次の大会です。ベスト16の壁を越えられないまま、ベスト4を目標としていた時期まで来ました。今後4年間で、ベスト4に入るためには、何を強化すべきでしょうか?
シュタルフ:まさに、「Japan’s Way」とは何かを、明確に定義することです。
僕のアイデアは先ほど述べましたが、必ずしもそれでなくても構いません。日本人の特性に合った明確なスタイルであれば、何でもよいと思います。そして、そのスタイルで勝負する。
その軸を基に、どう勝っていくのかを考える。もちろん、守らなければならない試合や時間帯もあります。しかし、常に軸は持つべきです。「これで勝負する」というものを定めなければなりません。
日本にはトップダウンの文化があります。トップが方針を決めれば、全員がフォロワーシップを発揮し、懸命に取り組む力は高い。4年後にそのスタイルが磨き上げられ、ベスト4という目標を達成しても、決して不思議ではありません。
一方で、場当たり的になってはいけません。「まず、この1試合に勝つことが大事だ」というコメントもよく耳にします。それを繰り返していては、今と同じ状況になる可能性があります。そのやり方で勝てる試合もあるでしょう。しかし、積み上げにはつながりません。
「積み上がっていない」と言うと少し過激ですし、実際には少しずつ積み上がっていると思います。ただ、スタイルという点では、もう少し自分たちの力で相手を崩し、自分たちの力でボールを奪いにいかなければなりません。
僕がイメージしているのは、スペインのようなポジショナルなポゼッションではありません。相手が捕まえられないほど動き続けるポゼッションです。目まぐるしくポジションが変わる。大まかなイメージとしては、そのようなサッカーです。
蜂の集団のように相手へ襲いかかる。すばしっこい日本人選手が次々と動けば、相手は捕まえにくい。ボールを奪われても、蜂が一斉に刺しにいくようなカウンタープレスで奪い返します。
そのスタイルでも、別のスタイルでも構いません。「これで行く」という方針を、監督や会長が発信し、選手たちがそこにコミットすることが重要です。
個のクオリティも、追いついていると思います。もちろん、トップ・オブ・トップと比べれば足りない部分はあります。
しかし、スペインに、本当の意味でトップ・オブ・トップと呼べる選手が何人いるでしょうか。ワールドカップで優勝した今はバイアスがかかりますが、大会前にサッカー好きの人たちが世界のベストイレブンを選んでいたら、スペイン人はそれほど多く入らなかったと思います。
ラミン・ヤマルは非常に優れた選手ですし、ダニ・オルモもうまい。ただ、大会前に世界のベストイレブンを選ぶなら、前線にはウスマン・デンベレやキリアン・エムバペ、リオネル・メッシなど、ほかの選手を挙げる人が多かったはずです。アイメリク・ラポルテも大会では良いプレーを見せましたが、それでも大会前のベストイレブンには選ばれなかったと思います。
だからといって、日本が戦えないわけではありません。極端に言えば、ラポルテでなくても冨安でいい。「そこまで大きな差があるのか」と思います。
そうした選手たちが、チームのコンセプトのもとで結束し、協調性を持ってプレーする。そこは日本のもう一つの武器です。全員が一丸となって戦えば、現在の選手たちでも、2030年のベスト4は夢ではないと思います。



