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コラム 7時間前

ローマで育ち、ローマを愛し続けてきた男の忠誠――大幅減俸でも契約更新、ペッレグリーニが追う新たな夢【コラム】

ASローマ ロレンツォ・ペッレグリーニ
ASローマ ロレンツォ・ペッレグリーニ【写真:Getty Images】



 契約満了から1カ月余り。ASローマは8日、ロレンツォ・ペッレグリーニとの契約更新を発表した。現地報道によれば、契約は1年で、さらに1年の延長オプションが付く。年俸は従来の約420万ユーロから約250万ユーロへ大幅に減額されたという。ユヴェントスをはじめ複数クラブから関心を寄せられても、その心が揺らぐことはなかった。ローマで育ち、ローマを愛し続けてきた男は、なぜ“永遠の都”に残る道を選んだのか。その決断の背景と、新シーズンに懸ける新たな夢を追う。(文:佐藤徳和)[1/2ページ]

契約満了から38日、異例の長期交渉

ASローマ ロレンツォ・ペッレグリーニ
ASローマ ロレンツォ・ペッレグリーニ【写真:Getty Images】


 ASローマは8日、ロレンツォ・ペッレグリーニとの契約更新を正式に発表した。イタリア紙『コッリエーレ・デッロ・スポルト』によると、契約期間は1年で、さらに1年契約延長のオプションが加わっている。

 クラブとペッレグリーニとの契約は6月30日をもって切れていた。その契約延長に関しては、シーズン中から大きな関心を集めて報じられていたが、契約交渉がこれほど長引いたことにも驚きであった。

 契約満了から実に38日が経過しての新契約であり、トレーニング・センター、トリゴーリアでのトレーニング開始のみならず、ウェールズでのキャンプも不参加となった。

 チームが始動したにもかかわらず、このように長く契約交渉がもつれたことは稀であり、同じく2026年6月30日をもって契約が切れていたパウロ・ディバラも、チームのトレーニングキャンプが始まった7月13日に新契約を締結していた。それだけに、ペッレグリーニの新契約も間もなく正式発表されるものと予想されていた。

“復讐”のチェリク強奪劇、マッサーラがローマを揺さぶる

ユヴェントス ゼキ・チェリク
ユヴェントスに移籍したゼキ・チェリク【写真:Getty Images】


 その3日後の7月16日には、同じく契約満了となっていたものの、契約更新の可能性が伝えられていたゼキ・チェリクが、電撃的にユヴェントスに移籍する。29歳のトルコ代表DFには、年俸300万ユーロ+ボーナスの3年契約が提示されている。

 そのユヴェントスには、5月29日までASローマのスポーツディレクターだったフレデリック・マッサーラが、7月7日にチーフ・フットボール・オフィサーとして迎え入れられていた。

 マッサーラのローマ退任は、発表上は「双方の合意による契約解除」だった。
 しかし、ジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督との不仲に加え、4月にシニアアドバイザーを退任していたクラウディオ・ラニエーリという後ろ盾を失っていた影響も少なくはなく、もはやマッサーラに居場所はなかった。

 当初はボローニャFCで新しい任務に就くと報じられていたが、7月7日にユヴェントスに迎え入れられることとなった。

 そして、その後に実現したのがチェリクのユヴェントス移籍である。マッサーラが、この契約に関して、大きな役割を果たしたことは言うまでもない。チェリクとの契約更新を待ち望んだガスペリーニに対する、マッサーラによる“復讐劇”であったのだ。

 チェリクは、イタリア・メディア『Sky Sport』のインタビューで、「自分のキャリアにとって、最も良い選択をしたと思っている。マッサーラとは以前から知り合いで、彼から連絡をもらったとき、『sì(はい)』と即答した。ユーヴェに来ることができて嬉しい。ピッチで自分の力を試すことができるのを楽しみにしている」と語っている。

 ペッレグリーニの話題に話を戻そう。契約がないペッレグリーニには、多くのクラブが触手を伸ばした。

 その一つが、トルコのベシクタシュJKである。昨シーズンまでボローニャFCを指揮したヴィンチェンツォ・イタリアーノが、今夏から監督を務めるクラブだ。ペッレグリーニには正式なオファーが提示されたが、これを断っている。

 そして、もう一つが、チェリクを“強奪”したユヴェントスだ。ここでもマッサーラが動いたことは間違いない。

大幅減俸でも揺るがなかったローマへの思い

ASローマ ロレンツォ・ペッレグリーニ
ASローマ ロレンツォ・ペッレグリーニ【写真:Getty Images】


 ASローマが提示していた契約は、従来の約420万ユーロから約250万ユーロへの大幅な減給である。

 これだけの減俸を提示された状況で、“イタリアの恋人”、ユヴェントスから関心を示されれば、一般的な選手であれば、心が傾くものだ。しかし、ペッレグリーニの心にあったのは、ASローマとの契約更新だけだった。

 1996年6月19日生まれのペッレグリーニは、2005年からASローマの下部組織でプレーするロマニスタであり、そしてロマーノ(ローマ出身)のプレーヤーである。

 現代では、多くの選手が大型契約を提示され、育ったクラブを離れ、さらにビッグクラブへと移籍していくケースは、もはや日常的なものとなっている。

 偉大なる“エル・カピターノ”であったフランチェスコ・トッティやダニエーレ・デ・ロッシもまた、ローマ生まれだ。彼らもまた、ASローマよりも強く、規模の大きなクラブから移籍を迫られたが、“永遠の都”に留まった。そして、ロレンツォもまた、先人たちと同じような道を選んだ。

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