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日本でワールドカップが見られなくなる日【フットボールサミット第6回】

text by 速水健朗 photo by Kazuhito Yamada

米ドラマと欧州サッカーの世界戦略

 いま世界規模の集金システムとして成功しているコンテンツは、欧州サッカーだけではない。もう一方の雄は、アメリカのドラマである。

 学園ドラマをミュージカル風に仕立てた『glee』は、世界中に配信されているだけでなく、東南アジアのファンを取り込む戦略的な試みを行っている。例えば、ドラマの主要キャストがTwitterを使ってつぶやいているのは、海外向けのプロモーションのためだ。また、フィリピン出身の歌手を、出演者として抜擢するなど、アジアへの目配せが行き届いている。出張番のライブは、アメリカ以外の国でも行われている。こうした“世界戦略”で始めから動いているのである。『24‐twenty four‐』以降のアメリカのテレビドラマは、100ヶ国以上の国々に販売されることを前提として作られているため、始めから予算も大きく組まれているのだ。

 欧州サッカー、アメリカドラマ、世界のテレビ市場で強い両コンテンツは、まったく同じ戦略で成功している。徹底的に資本を投下し、他を凌駕するコンテンツをつくる。狙いは世界である。世界戦略として、東南アジアに色目を使っている。

 今後も彼らの元にますます収益が集まってくるのは間違いない。東南アジアの経済成長はまだまだ止まらないし、彼らは液晶テレビを買って、始めから自国のテレビ番組ではなく、アメリカや欧州のコンテンツに興味を持つ人々なのだ。そして番組を有料で購入することに躊躇がない人々でもある。Jリーグの放送によるアジア進出は、こうした強敵と戦わなくてはならないのだ。東南アジアの選手を大量に入団させるくらいの仕掛けは必要だろう。それでも成功は夢のまた夢だ。

 こうした世界のコンテンツ市場で、日本だけが別フォルダーに入れられてしまっている。もちろん、日本にも僕を含めた欧州サッカーファンは多い。だが、地上波放送が充実し、無料でサッカーを見てきた日本では、欧州サッカーというコンテンツにお金を払う人々は、マニアでしかない。すでにそのマーケットは飽和しているのだ。そんな日本でコンテンツに金を払う文化が育つのを待つよりも、新興国、途上国をターゲットにした方がてっとり早い。これが、冒頭で触れたジャパンパッシングのからくりである。

 東南アジアの経済成長と共に、放映権料は高騰するだろう。地上波民放局は見合った額以上は払わないだろうし、有料放送局も額に見合った有料視聴者を集めきれなくなる。一部のマニアと多くの金を払わないファンで構成される日本の市場で、W杯やオリンピックが見られなくなるというのは、現実的な未来だ。かつてのように、NHKが数試合だけW杯を放送する時代に逆戻りしかねないのである。

 世界がひとつの大きなテレビコンテンツ市場へと姿を変えつつある中、日本だけが孤立していく。“ガラパゴス化”の状態にあるのだ。優秀なサッカー選手は海外のクラブチームに移籍するのが当たり前になったこの時代に、なんとも皮肉な話である。

初出:フットボールサミット第6回

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