【特集・3/11を忘れない】塩釜FC小幡忠義理事長インタビュー ~被災地救援を支えた塩釜FCの絆~(後編)

東北のガキ大将が心血を注いで育んできた真の意味で「地域に根差したクラブ」。サッカークラブの枠を超えた救援活動を生んだ揺るぎない哲学を聞く。

2013年03月12日(火)15時00分配信

text by 木村元彦 photo Tadayoshi Obata
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【前編はこちらから】 | 【サッカー批評issue51】掲載

地域とは、そこに住んでいる人たちの繋がり

小幡(以下同)「今ね、例えば総合型スポーツクラブもプロチームも活動の中でやたら地域、地域って言ってるじゃないですか。地域が大事だと。で、そういう人たちが地域って言う時にそれはゾーンのこと、あるいはただ商圏エリアのことを言っているんじゃないか? って思うんです。違うでしょう。そこに住んでる人たちの繋がり、コミュニケーションなんですよ。それこそが地域なんです。それがわかってねーんじゃないですかね。支援の拠点? いろいろ皆さんほめてくれますけど、俺、自分がおもしろいからやってるだけの話です。

 それで金儲けしようとか一切なかったしね。若い頃は実家の肉屋が嫌で、空手道場も嫌で、仕事が嫌でやっていたようなもんだよ。自分の楽しいことを生きてるだけです。だから今、子供らにもちゃんと言うんですよ。楽しくサッカーやれよ。今年も30人ぐらい入ってきたんだけど、誰も落とさない。条件はただひとつ。大きい声で喋ろう、と。あと親は、任せた以上口出しするなと。ただし、いじめられたら、それだけは連絡してくださいと。で、子供同士のチクリなしでお互いに育てましょうと。ええ。協力しながら育てることが一番だからね」

――入団のセレクションは無いんですね。

「親子の面接だけ(笑)。だから、木村さんね、うちはチーム作りでなく、人作りなんですよ。選手作りなんだけっども、人作りしなければ、選手も作れねえんです。そういう方針でやって来なかったら、今回(の震災に)、皆が支援に集まってくれたり、こういう対応はできなかったろうね」

――3月11日に真っ先に起こされたアクションは何だったのですか。

「まず安否確認ですよ、うちの子供たちは小学生が70人に中学生が80人ぐらい。高校が、40人ぐらいでさらに社会人のヴィーゼ塩釜の選手たちがいる。まず大丈夫かどうかの確認。うちのキッズのコーチは練習を見ていて被災して、津波が来るってことで子供とお年寄りを連れて山に登ったんですね。で、気が付いたら、その山の下が全部津波に飲まれて、にっちもさっちもいかなくなっていて一晩、その子供たちと過ごして、翌日、自衛隊のヘリに救出されました。

 そんな情報を取りながら、私は県協会の仕事もしてるから、登録チームの全体の安否確認も調べなきゃならなかった。そこからですね。実はうちの姪が行方不明だったのですが、先週、遺体が上がり、明日、通夜です。でもね、遺体が上がるだけまだ良いんです。火葬も友人たちが近くでやってくれました。火葬場が今、間に合わないんです。だから皆さん石巻に行ったり山形で火葬してきたり、苦労されてます。それに比べればまだありがたい」

『うちはまだ良いんです』この言葉を東北取材中に何回聞いたことだろう。悲劇の最中にありながら、他を想像する優しさ。これが東北人の粘り強さ、東北魂なのか。親族の通夜前日にもかかわらず、快く取材に応じてくれたことに改めて頭が下がる思いだった。

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