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本田圭佑 9年前

本田、20歳の若手にもポジション奪われ…指揮官の信頼は得られず。“幸せ者”はインサイドMFへ

ミランは現地時間7日、セリエA第12節でアタランタと対戦し、スコアレスドローとなった。日本代表FW本田圭佑はまたもベンチスタートとなり、代わりに20歳の若手FWが先発出場を果たした。本田はまたも試合終盤に投入されているが、シニシャ・ミハイロビッチ監督に「出たければ出て行くのは自由」と言われながらも出場機会を得られたことは、幸せであると感じなければならない。

text by 神尾光臣 photo by Getty Images

20歳の若手にもポジションを奪われた本田

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ニアンに変わって72分から途中出場した本田圭佑【写真:Getty Images】

「ベルルスコーニ会長が、我々のロッカールームを訪問して下った。『感服です、今日のみなさんは(アリゴ・)サッキ時代のミランさながらでしたよ』と。まさに紳士といった風情だった」

 記者会見で、アタランタのエドゥアルド・レーヤ監督は試合後のエピソードを明かした。ミランのシルビオ・ベルルスコーニ会長が直接アタランタの健闘を称えに来たというのだ。

 激しいハイプレスでボールを奪い、スピーディで柔軟な速攻を仕掛ける。そこは確かに、サッキ時代の組織的な攻撃サッカーと通じるものがあった。

 今回のアタランタ戦では前半からリカルド・モントリーボが激しい狙い撃ちにされ、またDFラインも押し下げられてボールを失った。さらに後半には攻撃を意識するあまり中盤の数的不利が助長され、後手に回る。

 16歳のジャンルイジ・ドンナルンマが好セーブを見せていなければ、確実に敗れていただろう。

「重要な選手3人を故障や出場停止で失っていた。その代わりに出した選手たちも、力の持つ限りは頑張ってくれた。ずっと90分間プレーしていなかった面々だったので、ペースが落ちるのは仕方のないことだった」。シニシャ・ミハイロビッチ監督はインテンシティの低下を嘆いていた。

 その「代わりに出した選手たち」の中に初先発のエムバイエ・ニアンがいたが、彼は60分過ぎには動けなくなっていた。「はっきり言って僕は死んでいた。このままチームを実質10人にしたらチームに迷惑を掛けるので交代を願い出た」と本人がベンチに伝えたところで、ようやく本田圭佑の登場になったという。

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